リンゴ爆弾でさようなら

91年生まれ。新作を中心に映画の感想を書きます。旧作の感想はよほど面白かったか、気分が向いたら書きます。

『ジャンゴ 繋がれざる者』を見た。

繋がれざる作家 タランティーノ
クエンティン・タランティーノ監督最新作。今回はマカロニウエスタン(南部だけど)を題材としています。第85回アカデミー賞においては助演男優賞(クリストフ・ヴァルツ)と脚本賞を受賞。


1858年テキサス。足を鎖でつながれた奴隷の前に、ドイツ人歯科医のキング・シュルツという男が現れた。彼はこの奴隷たちの買い主であるスペック兄弟に奴隷のうちの一人であるジャンゴ(ジェイミー・フォックス)を譲ってくれないかと頼むが、奴隷に対しても礼儀正しいシュルツの姿を見てスペック兄弟は彼を撃ち殺そうとする。しかし、シュルツの拳銃がそれよりも先に火を噴いた。実は彼は表向きこそ歯科医だが、お尋ね者を検挙して回る賞金稼ぎだったのだ。シュルツは次の標的としてブリトル3兄弟という農園主を追いかけていたが顔がわからなかったため、それを知る奴隷を探しており、ジャンゴはその3兄弟の顔を知っているため、シュルツに助けられたのだった。こうして2人は賞金稼ぎとしての旅が始まった。交友を深めていくうちに、ジャンゴには妻(ケリー・ワシントン)がおり、さらにその妻は現在ミシシッピの巨大農園で、キャンディ(レオナルド・ディカプリオ)という冷酷な男の元にいることがわかるが・・・

というわけで、タランティーノである。新作が劇場でかかれば、見に行かないわけにはいかない。そういう作家の一人ですね。この人の作品はどれもマニア的であり、また大胆な実験も取り入れているけれど、同時にしっかりエンターテイメントにもなっているという点がすごいと思います。とくにここ2作はその感じが強いかと。
で、今回の『ジャンゴ』ですが、話の構造は前作『イングロリアス・バスターズ』と似てると言っていいでしょう。まずは映画として面白く、そしてそれを通して歴史の暗部をあぶりだしていくという手法。これが『イングロ〜』よりさらに洗練されたという感じですね。その結果、タランティーノ史上、もっともストレートに面白い作品になっていたと思います。まあ不謹慎だなんだという批判もあるようですが、制約や自主規制を飛び出して批判覚悟で黒人奴隷を正面から扱うというのは、僕は勇気ある行動だと思いますけどね。しかもこういう間口の広いエンターテイメントという形で。リスクを考えたら普通やりませんよ。重く堅苦しい表現ではなく、誰でも楽しめる形で奴隷問題に切り込み、スカッとさせる。この方がよっぽど多くの人々の心に届きますよ。全米では実際大ヒットらしいですしね。素晴らしいと思います。



ただ、じゃあこれがタランティーノ最高傑作かと聞かれると、個人的には「そこまでじゃあないな・・・」という感じ。非常によくできているとは思います。ただ以前の作品、例えば僕が一番好きなタラ映画『デス・プルーフ』のような「問答無用の楽しさ」はちょっと薄れていたかなと。なので個人的には傑作!とか今年ベスト!とかそういう感じじゃあないですね。
とはいえ、やっぱり面白いは面白い・・・というか面白くないわけはなくて、すごく楽しみました。タランティーノの作品は「見た後に色々語りたくなる度合い」と「もう一度見たくなる度合い」が強いですね。ここ最近は脚本がより練られているのでそう感じるというものありますが、やはり随所に散らばったネタが色々語らせるのだと思います。このあたりがニクいです。
そんな毎度語りたくなるタランティーノの作品ですが、僕は大きく2つ魅力があると思っています。というわけでその2つについて、グダグだと感想を書いていこうかと。以下若干ネタバレ。



・キャラクタータランティーノ作品の魅力の一つとして、キャラクターの面白さというのが挙げられると思います。これまでも映画史に残る名キャラクターを何人も生み出してきましたが、今回も魅力的な登場人物だらけでした。
タイトルロールのジャンゴはストレートなヒーロー。奴隷ではなくなった後に着る青い服が笑えますが、胸に秘めた怒りを爆発させるキャンディ邸での殺戮シーンは、彼個人だけでなく黒人全体の怒りをも背負っているようで最高に燃えます。描写も容赦なしです。やっちまえ!という事でしょうね。ラストのニカァっとした笑顔も印象的です。
奴隷制度によりジャンゴと離れ離れになった妻・ブルームヒルダ・フォン・シャフトは、劇中でも語られるようにワーグナーの「ニーベルングの指環」から名前が引用されています。ただそれだけでなくブラック・スプロイテーション映画の『黒いジャガー』からも引用されているという、二重の仕掛けがありましたね。演じるのはケリー・ワシントンという女優さん。劇中何度かひどい拷問を受けているシーンがありますが、そういえばこの人『ラストキング・オブ・スコットランド』でも相当ひどい目に遭ってなかったっけ。
そしてそんな2人の再会を手助けするのが、ドクター・キング・シュルツ。知的で掴み所がなく、ドイツ人故、黒人差別の意識の全くない、むしろ嫌悪している正義感溢れる高潔な男。ジャンゴにとっては師匠でもあるこの人の、まあ魅力的なことよ。法に則っているとは言え、若干やりすぎなお茶目さもいいですが、中盤の、死んでも譲れん意地がある!とでもいうような「ある場面」はムッチャかっこよかったっす。男の中の男ですよ。あと、馬車の屋根についた歯のオブジェが可愛いです。



そして、彼らの敵役となるのが大農園の主であるカルヴァン・キャンディ。暖炉の前で黒人同士を殺し合せ、それを観戦するという、人として終わってる趣味を持つ野郎である。黒人にいくらひどい仕打ちを食らわせようとも、それが悪いこととは微塵も思っていない野郎なんですね。そんなクソ野郎をレオナルド・ディカプリオがノリノリで怪演。本人はインテリのつもりだが、実のところは周囲に甘やかされて育ったボンボンのアホでしかないというのもポイントが高い。うっすーいフランスかぶれというものもまた良いですね。黒人奴隷の子孫であるために、人種差別を受けたデュマの『三銃士』を読んでいる辺り、ポイントの高いバカです。重い役に挑戦しても「童顔で似合わない」等と言われてしまうことがあるディカプリオですが、今回は内面的な幼稚さのある役だったので、ぴったりはまっていたかと。
ところでこのキャンディ、奴隷契約の成立の証としてやたらと握手を迫ってくるんですね。これは勝手な推測ですが、今までもキャンディはキレ者の側近のおかげで、自分に少しでも不利な契約はしたことがないのではないか。そしてそんな彼の求める握手とは、自分が相手より優位に立っていることの最終確認という意味があるのだと僕は思います。まあシュルツに対しては、より屈辱を味あわせようとしたのでしょうが。
さて、そんなキャンディは確かに極悪人ですが、真の悪として配置されているのはキャンディ邸の老執事・スティーブンである。彼は黒人でありながら他の黒人たちを奴隷のように扱うことでうまく生きる、狡猾で、最も卑劣な男だ。また単にキャンディの腹心と言うだけでなく、世話係だったことから主である彼を操ることもできる父親的な存在でもありましたね。この人物を配置することによって、この映画は単に黒人→白人への復讐モノ!というだけでなく、歴史の暗部に対して正義の復讐をする映画、という役割を持ったんじゃないかな。
そしてまた演じるサミュエル・L・ジャクソンが見事!黒人奴隷制度の最も深い闇を背負った、卑屈でマヌケな道化を「演じる」キレ者というこの役こそ、僕はアカデミー賞を取るべきなんじゃないかと思いました。実際に受賞したのはクリストフ・ヴァルツ演じるキング・シュルツで、確かにみんなの共感と好意を得やすい役なのはわかりますが、僕はこのスティーブンこそが最も素晴らしいと思いましたよ。ちなみにラストでは『ユージュアル・サスペクツ』を思い出したり。



・会話劇タランティーノ作品のもう一つの魅力、それはやはり会話の面白さでしょう。かつての『レザボアドッグス』や『パルプ・フィクション』では、だらだらとしたストーリー上意味のない会話が不思議なグルーブ感を生み、それが映画の魅力となっていました。しかし『イングロ〜』ではその長い会話をサスペンスに転換させ、新しい会話劇の魅力を引き出していました。本作は『イングロ〜』と同じく、会話というものがストーリー上で、非常に意味を持ってくる映画でしたね。
初め、ジャンゴはろくに言葉を知らない状態であったため、シュルツから手配書などを教材に一から教わります。シュルツは早打ちが得意な賞金稼ぎですが、何より彼が得意とするのは言葉巧みな話術である。どんな時でもシュルツは「法」を掲げ、正当な行いであるという事を必ず口八丁で説明する。口が立つことこそが、彼にとっては一番の武器だった。
そんな2人がキャンディ&スティーブンのコンビと会話による攻防戦を繰り広げ、いくつかの思惑と疑念が交錯するシーンは本作屈指の見事でしたね。キャンディの似非科学信奉による演説シーンや、スティーブンの「演技」は見ごたえありましたねー。ただ、これは『イングロ〜』でも見られた部分です。
そしてもう一つ、本作で会話が見どころとなっているのはラスト手前、ジャンゴがある危機を脱するシーンです。ここでジャンゴは見事な交渉術を見せます。これは師匠であるシュルツから受け継いだものです。ジャンゴが受け継いだのは銃さばきではなく、その交渉術、ひいては生きていくすべだったのですね。タランティーノお得意の長い会話が、人物の成長表現になっているというのだから面白い。これは新しかったなぁ。感動的ですらありましたもんね。監督兼脚本家ならではの見せ場だという感じがしました。



他にも過去の映画たちからの引用が面白いとか、音楽の使い方が最高(特にKKK風の男たちが出てくるシーンは、そのやり取りの馬鹿馬鹿しさも含め超笑った)とかいろいろ面白い部分はあります。また、のどかな農園から雪山まで、ロケーションと撮影も素晴らしいと思いました。見所がたくさんあり、映画として出来がよく、そしていろいろ考えさせるものもあるって、そりゃ最高に決まってるでしょ、という感じです。タランティーノという作家の、映画的手法からも、歴史的事実を扱う際の暗黙の了解からも逸脱してしまうその勇気、必見です。

ジャンゴ 繋がれざる者~オリジナル・サウンドトラック

ジャンゴ 繋がれざる者~オリジナル・サウンドトラック