リンゴ爆弾でさようなら

91年生まれ。新作を中心に映画の感想を書きます。旧作の感想はよほど面白かったか、気分が向いたら書きます。

最近見た旧作の感想その37

『恐怖の報酬』(1977)

 

いかにもフリードキンらしいなと思ったのは、この作品が出口のない狂気にとらわれた者たちの映画だったからである。『真夜中のパーティー』、『フレンチ・コネクション』、『エクソシスト』、『L.A.大捜査線/狼たちの街』『ハンテッド』、『BUG/バグ』『キラー・スナイパー』・・・といった作品はすべて、いつの間にか狂気の世界へと入り込み出口を見失って一線を越えてゆく人間が描かれており、この『恐怖の報酬』もやはりその例にもれず、一縷の希望に望みをかけた男たちが、引き返すこともできず狂気にとらわれていくのである。そして恐ろしいのは、そんな状況にあってもまだ正気を保っている気でいる人間は即刻排除されてしまうという点であって、だから「妻の時計」などという、いかにも平穏な社会に戻れそうな言葉を口にした男はその瞬間、爆死という最後を迎えるのだ。それは例えば、『ハンテッド』に出てきた女性捜査官が、結局狂人二人の戦いに何も手出しができぬまま物語を終えてしまったかのような排除ぶりと同じであって、狂気以外立ち入り禁止と書かれた看板がかかっているかのごとき世界こそ、フリードキンの世界なのである。

 

 

だからこの作品はサスペンスとして面白いということとは少しずれている。わずかな揺れで爆発してしまう薬品を運ぶという設定にしては説明が足りず描写も簡素で、物語を緊張感によって進めているにしてはやや弱いのだ。だが代わりに、密林の地獄で理不尽な暴力に巻き込まれる恐怖こそ肝としている。おそらくその恐怖が最も端的に表れているのが、凶暴なまでの雨風にさらされる中、ほとんど朽ち果てているかのような橋を渡らなければならない、というシーンであろう。ここではあまりにも大げさであるがゆえに揺れたら爆発するという仕掛けがほとんど無視され、代わりに気が狂うには十分なほどの理不尽さが強調されている。また流木が急に誘導役を襲うシーンはまるでホラーにおけるアタックであって、サスペンスの文脈とは違う、暴力の急襲となっている。

 

 

本作はそもそも暴力の匂いが立ち込めており、いつだって登場人物の周りには死があったし、写さなくてもいいようないいような死体まできちんと見せてくれる。しかもそれだけではなく、物語とは直接関係のない場面、例えば結婚式のシーンでは新婦の目の周りに大きく痣ができているなど、些細な仕掛けはむしろ暴力描写にこそ仕組まれているんどえあって、よくないことが起こるであろう予感が絶えないのである。また黒シャツに赤ネクタイをつけた男はどうだ。何をするでもなくスラリと立つその存在は特に意味はなくとも不気味に暴力的である。このように細部から暴力の雰囲気が漂っているからこそ、フリードキン版『恐怖の報酬』はサスペンスとしてではなく、暴力に流され狂気へ突入するという物語としての強度が保たれている。

 

 

その暴力と恐怖の下支えとなっているのが、風土である。心地よさなどは微塵も感じさせず、心身を摩耗させるのにうってつけの場所といった具合で映し出される密林に囲まれた南米の小国は、しかも一度入ったら出ることはほとんど不可能という緩慢な地獄であるということを、フリードキンはじっくりと描写している。だからこの作品は舞台さえ整えばあとは狂気への直進を構造を描くしかないのであるし、その途中で足止めを食らったとしてもそれはサスペンスではなく、充満する暴力と狂気が足をつかんで死まで引きずり込むための停止なのであって、それはやはり、フリードキン的世界なのだ。

 

SORCERER O/S/T

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