リンゴ爆弾でさようなら

91年生まれ。新作を中心に映画の感想を書きます。旧作の感想はよほど面白かったか、気分が向いたら書きます。

最近見た旧作の感想その42~2020年上半期旧作ベスト~

コロナ禍よりも、転勤により目まぐるしい日々を過ごしていたことが原因で鑑賞本数の減った2020年上半期。家に帰っても眠気に襲われるばかりで、引っ越し後の荷ほどきもいまだ完了せず、何をして生きていたのかほとんどわからない、まるで仕事以外の実人生がすっぽり穴に落ちてしまったような数か月を過ごしていた。そんな時期を含めた上半期の旧作ベストについて、順不同で書き連ねていきます。

 

 

『麻薬売春Gメン 恐怖の肉地獄』(1972)

詳しくはこちら→https://hige33.hatenablog.com/entry/2020/02/13/000308。当ブログでも何度か触れている高桑信監督作品。返還直後の沖縄を生かしたロケーションの素晴らしさと千葉真一の身体能力を堪能できる大変面白い一作であった。千葉ちゃん関連では、山口和彦監督『子連れ殺人拳』(1976)も画面設計やスピード感に凝ったアクションが見られて面白かった。

麻薬売春Gメン 恐怖の肉地獄

麻薬売春Gメン 恐怖の肉地獄

  • メディア: Prime Video
 

 

  

『その女を殺せ』(1952)

リチャード・フライシャー監督によるノワール。あまりにも面白すぎるので、みだりな上映は法律で禁じるべき、と言ってみたくなるほどの傑作。陰影の強い画面の中、真珠が落ちて暗殺者の姿が見えてから決着までまったく無駄がなく、スピーディーで緊張感の持続する70分。単純だが巧みなプロット、どのようにして撮ったのかというショット、列車という狭い空間を利用したインパクトのあるシーン、それぞれ印象的ではあれど、独立せず組み重なり一体化している。とにかく単純に面白い。面白さに腰を抜かす。 

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『北京の自転車』(2001)

王小帥(ワン・シャオシュアイ)監督作品。ストーリーや音楽が青すぎてそこは好きになれないが、ほとんど迷路のように入り組んだ路地を駆ける自転車のほか、廃ビル、家の屋根に狭い室内といった生活空間の風景、そして大勢の自転車が行きかう街並み、木々や服を風など映像はいい。音が先に来ているのも印象的で、それらの観点から配達員が女性と衝突するシーンの処理が本作のベストだろう。ヴィットリオ・デ・シーカ自転車泥棒』との共通項は多けれども、社会派的目線よりは、持ち主が転々とする自転車の巡りに面白みがあると思う。

北京の自転車 [DVD]

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『ナイト・スリーパーズ ダム爆破計画』(2013)

ケリー・ライヒャルト監督作品。非常に静かながら、人物の立ち振る舞い、視線などミニマムな要素から画面に不安を醸成させている。前半と後半では主人公(ジェシー・アンゼンバーグ)が目線を気にする理由も変わっているようで、環境テロリストの物語は最終的にどこにも所属できない人間の話となっており、この身勝手な孤独がとても好みだ。撮影も良い。例えば破壊工作へと向かうためボートで川を下るシーンでは画面手前の陸地に子供たちの遊んでいる姿が見えるのだけれど、これが妙に印象に残る。また雄大な自然を背景にごみの埋め立て地で黙々と作業するショベルカーやブルドーザーも忘れ難い。これら物語に直接は影響しない風景は、しかし些細ながらも確かに人の営みを主張しているようで、本作における人々の無関心な有様と結びついているように思える。

 

 

『天国はまだ遠い』(2016)

濱口竜介監督による短編作品。AVにモザイクをかける仕事をしている男と、その男にのみ見える幽霊の女、そしてドキュメンタリーによって真相に迫る女の妹という三者の物語。登場人物も舞台も非常にミニマムながら、見える/見えないことを中心にとした画面は情報量が多い。例えば喫茶店での会話で、幽霊である小川あんは、大きな瞳から決して交わることのない視線を妹へとむけており、ただその違和感のみで幽霊のいる空間を立ち上げている。さてこのような、自然に不自然を理解させる歪な場はインタビューによってより顕著となるのだけれど、このような場というは濱口竜介監督作品らしい要素であって、『ハッピーアワー』の自己紹介であるとか、『寝ても覚めても』のチェーホフ、または麦という存在そのものがそれにあたるといえよう。このインタビューは演技の空間としても、人物を捉えるカメラの空間としても、そして音の空間としても非常に見ごたえがあって大変面白い。とはいえ、個人的には幽霊の時間を過ごしてきた女と男が、最後には意外なほど素直なエモーションへと導かれることに感動した。

カメラの前で演じること

カメラの前で演じること

 

 

 

わが谷は緑なりき(1941)

泣く子も黙るジョン・フォード監督作品。炭坑町の風景がとにかく素晴らしい。炭鉱まで続く長くゆるやかな坂道と、少し離れた山道をそれぞれ歩いている姉妹が呼びかけあう冒頭の雄大さにまず見惚れる。さらに、炭鉱からは体を真っ黒にした労働者がぞろぞろと坂を下り家へと戻ってくるのだけれど、この道を埋め尽くすほどの群衆が、シーンによってその性格を変える人だかりが、非常に力強い画面を生んでいる。もちろん坂道やそこに列をなす群衆のみならず、室内シーンで長く伸びる影や差し込む光の美しさも見逃せない。さらに感動的なのが、結婚式で花嫁が角を曲がる瞬間に風で浮かび上がるベール。よくこんなの撮れたなと感動せざるを得ない一瞬の美しさだ。

わが谷は緑なりき(字幕版)

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  • メディア: Prime Video
 

 

 

ザ・クレイジーズ 恐怖の細菌兵器』(1973)

ジョージ・A・ロメロ監督作品。『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』と『ソンビ』の中間にある作品。銃撃などアクションシーンでの、動作を細かく積み重ねる編集がいい。アクション映画としての緊張感を醸しつつも決して熱量は高くなく、撃たれた人間はあっさりと倒れ込み、静かにその場が過ぎ去ってゆく。一方、防護服の集団が田舎町を歩く風景や、リン・ローリーが射殺されるシーンで羊の群れが画面を横切ったりというあたりには詩情を感じたりもして、ロメロらしい世界の終わりなだぁと思ったのである。それにしてもリン・ローリー、『シーバース』でお馴染みのこの女優が見れただけで正直満足。

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『ザ・ベイビー/呪われた密室の恐怖』(1973)

テッド・ポスト監督作品。赤ちゃんのまま育てられた男=ベイビーと、彼の女系家族、そしてベイビーを救おうとするカウンセラーの話。身体は健康な青年なのに赤ちゃんとして育てられているベイビーは、見た目と行動の間の違和感もさることながら、声は本物の赤ちゃんで吹き替えている(と思われる)あたりがやばいけれど、女性陣は皆輪をかけて狂気に駆られているのだから困ったものである。ベイビーを救いたいカウンセラーと手放したくない家族がポーチで会話をするシーンは、ホラーというよりももはや対決へと向かう合図であって、この2者による文明の衝突、そしてベイビーのため屋敷に忍び込む/待ち構える構図は男女が逆転した西部劇といえるかもしれない。

 

 

駿河遊侠傳 破れ鉄火』(1964)

安心安全、信頼の大映印。監督は田中徳三。本作に関しては特に宮川一夫の撮影が印象的で、重層的な設計はもちろん、急に引いたり寄ったり、または横に移動したり振ったりと、小さい動きではあるけれども、それによって些細なシーンであっても画面に動きが生まれている。これが効果的なのは勝新太郎座頭市とは全く違う動の魅力を全開にさせているからであって、その豪快な暴れっぷり、特に最後の、斬りあいというよりは喧嘩に近い、砂埃を巻き上げながら走って斬って襖をなぎ倒し叫びあっての大立ち回りは、伊福部音楽も相まって怪獣映画といわんばかりのすごい迫力。静かな一本道から急に始まる斬り合いも素晴らしい。と、動きの話ばかりになってしまったが、勝新太郎は表情の芝居も天下一品であって、田中徳三もやはりそれを逃していない。ということでファンは必見。

駿河遊侠傳 破れ鉄火 [DVD]

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以上が上半期に見た旧作のベストです。他にも『エム・バタフライ』、『黒の超特急』、『血を吸うカメラ』、『春の惑い』、『櫻の園』、『驟雨』、『草原の追跡』、『東京上空いらっしゃいませ』が良かった。

上半期は名画座に赴くということも当然できず、下半期も難しい状況が続きそうではあるけれど、今年から加入したU-NEXTのラインナップが素晴らしくなんとか乗り切れそうなのが救い。しかし改めて映画館というのは素晴らしい場所だなと、集中力のない人間としては思わされましたね。ちなみに映画だけでなく、きっと読むだろうと思って買った本に関しても未だほとんどが積読状態という有様。そろそろ新しい職場にも慣れつつあるということで、下半期は少しでもゆとりのある生活を送れればと思っております。