リンゴ爆弾でさようなら

91年生まれ。新作を中心に映画の感想を書きます。旧作の感想はよほど面白かったか、気分が向いたら書きます。

『ブルータル・ジャスティス』を見た。

私待つわ

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メル・ギブソン主演最新作。監督・脚本を務めるのは『トマホーク ガンマンvs食人族』『デンジャラス・プリズン -牢獄の処刑人-』に続き本作が監督3作目となるS・クレイグ・ザラー。共演にはヴィンス・ヴォーン、トリー・キトルズ、ジェニファー・カーペンターら。

 

 

ベテラン刑事のブレット(メル・ギブソン)とその相棒トニー(ヴィンス・ヴォーン)はメキシコ系男女への強引な捜査・逮捕が原因で停職処分を受けてしまう。妻と娘のために金を稼がなければならないブレットはトニーとともに、不穏な動きを見せる犯罪者・ボーゲルマン(トーマス・クレッチマン)の金を強奪するという計画を立てる。一方、出所して間もない黒人青年ヘンリー(トリー・キトルズ)もまた、自らと家族の環境を救うためボーゲルマンの金を奪うことを計画。運転手を装い銀行強盗チームに加わるのだが・・・

 

 

S・クレイグ・ザラー監督『ブルータル・ジャスティス』を見た。その翌日、監督の前作である『デンジャラス・プリズン 牢獄の処刑人』を見た。さらにその翌日は、初監督作である『トマホーク ガンマンvs食人族』を見た。このようにして一つの監督の作品を追うのは久々だ。つまりはそういうことである。地方での劇場公開がないまま配信開始となったのは残念ではあるものの、このようにして過去作までもをすぐに確認できるのが配信のいいところだ。そして3本通してみてみると、いくつか共通している要素があることも分かった。

 

 

ひとつに、空間の作り方が独特だ。例えば、刑務所帰りの青年・トリー・キトルズと彼の母・弟が住む、灯りといえば間接照明しかないような一室は、扉の向こうからはみ出す赤い光も相まってかなり非現実的な光景となっている。このような、殺風景で質素、生活感の希薄な抽象的とすらいえる風景がまずはザラー監督の特徴といえよう。そして中でも注目すべきは光の扱い方である。そのことはメル・ギブソンヴィンス・ヴォーン演じる刑事がメキシコ系女性を、彼女の寝室にて尋問するシーンでも分かりやすい。家具といえばベッドとソファしかないような簡素極まりないこの部屋の、ブラインドのかかった大きな窓からは強く光が差し込んでおり、ここでは地味にいやらしい暴力的尋問もさることながら、明暗のコントラストこそ印象に残るだろう。このように薄暗い室内に強く外の光が差し込む風景はたびたび登場しその空間を立体的に仕上げるが、光の効果はそんな風景だけにとどまらない。

例えば銀行強盗のシーンでは、朝の光をフロア全面に差し込ませることで画面をフラットに見せる。明るい銀行のロビーにたたずむ正体不明な強盗の異質なる立ち姿は近年稀にみる素晴らしさであったけれども、それは、そのように見える空間をなによりも光によって作り出しているからに他ならない。車内描写も異質だ。その強盗達を目的地まで運ぶ車は前部と後部がまるでまったく別々の個室であるかのような印象を受け、それは本来ならば前方から差し込む光によってうっすら見えるはずの後部を暗い影で覆い全く見えなくしているからであろう。これにより、雇われ運転手と強盗達の違いもはっきり区別される。

こういった光の扱いは過去作においても同様である。『デンジャラス・プリズン』では刑務所を移るたびに窓が小さくなることで外界との隔絶を示していたことが特に印象的であるし、『トマホーク ガンマンvs食人族』では穴居人と呼ばれる食人族の住処が、窓など当然ないにもかかわらずまるでスポットライトのように天井から光が差し込んでいたことが思い起こされる。こういった三者三様の空間を、ザラー監督はまさしく光の効果によって立ち上げている。

 

 

このようにして立ち上がった空間は何よりもアクションを、より正しくいえば暴力、ただ単に今目の前にある暴力、という感覚を引き立てている。特に『ブルータル・ジャスティス』ではアクションの前に必ずカメラを引き、その後に細やかであったり瞬間的な動作をアップで捉える。このことによって暴力の乾いた感覚が空間の中で突出し、かつ人物それぞれの動きもきれいにつながっていく。過去作での暴力は動きというよりも人体の欠損に目が行きがちで、もちろん本作においても欠損は容赦ないけれど、それ以上にアクションとしての見栄えが良くなっている点に注目すべきだ。

今作においてアクションの才能が最も発揮されるのは、廃墟となったガソリンスタンドで起こる銃撃戦においてである。本作の白眉といえるこの場所は不十分な灯りによっておぼろげに照らされただだっ広い空き地で、いかにもザラー的殺風景だ。だがそんな場所であっても車2台、そして人物を的確な位置に配し、的確に動かし、的確にカットを割れば充実したアクションシークエンスを作り出せると証明している。ここでのアクションは中盤のドライブよろしく緩慢で、かつ時間は引き延ばされている。それは対峙する2者がプロフェッショナルであるために拮抗し、適切な距離で牽制しあうしかないことが原因なのだけれど、それゆえに距離感の演出が映えるのだし、そしてまた這うという、スピード感の欠いた、直線的に向かってくる動きに緊張感がうまれる。的確な配置が的確な動きを導き出している好例といえよう。

ただ最も感動したのはカークラッシュの衝撃でメル・ギブソンのかぶっていたマスクが飛んで行ってしまうショットである。細かい部分ではあるけれど、これがあるとないとではアクションの印象が大きく違うだろう。そしてこの、顔を隠すマスクが外れるというのは物語上においても重要なポイントであると思う。メル・ギブソンヴィンス・ヴォーンはマスクと防弾チョッキをつけ、はじめ自らを正体不明者としていたものの、マスクが外れたことによって素性は晒される。ヴィンス・ボーンがマスクを外すのは死の間際だけれども、その際、「傷は見たくない」からと防弾チョッキは着たまま死んでいく。それはセリフにもあったように、彼が生身ではなく警官として死んだことを意味しているのだろう(バッヂは冒頭で奪われているのであくまで名誉としてだが)。対してメル・ギブソンはマスクだけでなく、最後の最後に防弾チョッキすらも手放す。それは最後まで姿を隠し正体不明者であり続けた強盗達とも、もしくは警官として犯罪と戦った証を残し死んだ同僚とも違い、生身で対峙したことを示している。そしてそれはトリー・キトルズも同じだ。

 

 

ただしメル・ギブソンの変貌はただ生身になっただけでは終わらない。彼はS・クレイグ・ザラー監督作品における主人公らしく、最後に足を負傷することとなる。足の負傷が何か特権的な存在として扱われている例というのは枚挙にいとまがなく、例えばオイディプスオデュッセウスなど古代ギリシア時代から見られる特徴だが、『トマホーク ガンマンvs食人族』でも『デンジャラス・プリズン』でも、主人公は必ず足を負傷していた。さらに足を負傷する男たちは、常に「妻を逃がす」という目的を持っている。食人族の檻にとらわれた妻を、犯罪組織の人質となった妊娠中の妻を、そして治安の悪い土地に住む妻と娘を、その場から「逃がす」ため、男たちは行動しているのだ。

妻たちは皆理不尽で恐ろしい暴力の危機にさらされており、そして男たちは、愛する人が蹂躙されるかもしれないという恐怖におびえている。さて、種村季弘著『畸形の神 あるいは魔術的跛者』には「足による大地との接触が十分ではない(象徴としての)跛者は生殖機能不全者を意味するだろう」と、ユングを引用しつつオイディプス、そしてその父ライオスについて書かれている箇所がある。なるほど先の特徴と照らし合わせても、その方面から足の負傷を解釈することももしかしたらできるかもしれない。

しかしそれより、足の負傷についてはザラー監督作品のもう一つの特徴である、迂回することと合わせて考えてみたい。『トマホーク』でパトリック・ウィルソンは足の怪我により一人遅れたうえ、先に進んだ人物とは違い迂回して食人族の住処へと到着する。『デンジャラス・プリズン』のヴィンス・ボーンは妻を救うため刑務所を移転し、その上その刑務所の中でも異質な棟へ移るためにわざと事件を起こす。そして『ブルータル・ジャスティス』においてメル・ギブソンは最後、犯罪組織の雇われ運転手との予想もしていなかった協議によって金を得ており、どれも物事がストレートに運ばず、遠回りしてゴールにたどり着いているように見える。それゆえに上映時間もジャンルのわりに長く、どれも2時間を超している。迂回する、迂回せざるを得ない状況というS・クレイグ・ザラー作品における話運びの特徴は、そのもたつきを強調するような足取り=負傷によってモチーフとして画面上に表出しているように思う。だから足の負傷は、意味というよりも迂回という話運びから要請されるものとして考えたいのである。

 

 

迂回については、いくらなんでもまどろっこしいという気がしないでもない。しかもどの作品も「待つ」ことが多いため、余計に時間がかかる。『トマホーク』の檻の中、『デンジャラス・プリズン』の最後の電話、『ブルータル・ジャスティス』の車、どれも「待つ」ことが描かれる。本来ならば遅さはあまり歓迎しないのだけれど、それでもどれも面白いと思うのは、もう単純に好きだからということになるのだろう。『ブルータル・ジャスティス』は結局劇場公開されなかったけれども、次回作は映画館で見られることを望む。

トマホーク ガンマンvs食人族(字幕版)

トマホーク ガンマンvs食人族(字幕版)

  • 発売日: 2016/12/02
  • メディア: Prime Video