リンゴ爆弾でさようなら

91年生まれ。新作を中心に映画の感想を書きます。旧作の感想はよほど面白かったか、気分が向いたら書きます。

最近見た旧作の感想その46

『ひかりの歌』(2017)

 

それは唐突に、こんな風に始まる。一人の女性が、うどん屋の暖簾を下げて店仕舞いをしている。カウンターではまた別の女性がすでにまかないに手を付けており、この二人はどうやらアルバイトとしてこの店で働いているらしいが、一足先に仕事を終えていた髪の長い女性の方は、それも今日で終わりのようだ。

唐突に、というのはこれらの状況に対し説明がほとんどされないからということに加え、この冒頭2ショットがすべて店の内側から撮られていることに対しての反応である。つまり、この店がどんな地域にあるのか、どんな道に面しているのか、そういったことは一つもわからない。さらにこの二人の女性の顔すらもそうはっきりとはわからない。カメラは彼女たちの背中を捉えて動かないままだ。そんな風に、場所も状況も、話している人の顔もよくわからないまま、唐突に始まる。

 

 

『ひかりの歌』は説明をしない。第1章では電話越しに友人の歌を聞いた詩織(北村美岬)がそのとき何を思ったのかはまるで分らない。第2章ならば、今日子(伊東茄那)がひたすらに走る姿から行き場のない思いとでもいうものを感じ取ることはできようが、とはいえなぜ走るかの具体的な理由は存在しない。第3章において、時折ぽつぽつと信号を発する灯台の近くで海を見つめる雪子(笠島智)は、いったい何を求めてここに来たのか。この素晴らしいショットはその答えを提示してはくれないし、後々もっともらしい理由が説明されることもない。第4章で、男はなぜ幸子(並木愛枝)の元に唐突に帰ってきたのか、そもそもなぜいなくなったのか、それは不明なままだ。

しかしだからといってこの作品は唐突で不可解であるばかりかというとそうではない。理由が明かされない=映らないからこそ、目の前にいる人物の些細な反応に神経が向かう。カメラはどこか観察するかようにして、ほんの少しのアクションからその人そのもの、あるいは内面とでもいうべき部分が表出する様を捉えているかのようなのだ。そんな、隠すことと明るみになることの間のせめぎあいによって生まれる、人物の生々しい存在感。過去も動機も知らぬうちに含まれてしまう、ただ目の前で動作する人間。これこそが『ひかりの歌』の画面ではないか。それぞれ、彼らならきっとそうするであろうということがその存在をもって証明しているから、もっともらしい理由づけなど不要なのである。

 

 

ところですべての章でもっとも印象的な行為は「見つめる」ことであって、それは時に画面内の人物たちに関係性を付与し、時に画面外へと意識を広げ方向性を示す。こういった視線の扱いは各章共通しているが、しかし若干性格が違っているようにも思える。第1章においての視線は、いうなれば立場を示しているものが多い。例えば、教師が高い位置から生徒を見つめるというシーンは二度あって、のちにキャッチボールを通じて同じ位置に至る。また、不意の告白は視線を逸らすことへと繋がるものの、絵を書くということを通じて正面から受け取られる。第2章においては、見つめる先を見失うという特徴が見えないだろうか。ひそかな思い人を乗せ去り行くバスを見送ること、どうしようもない思いを受けっとて下を向いてしまうこと、走り続けたのちのどこともない闇へと向かうこと。これらのすべてで、今日子の顔は隠されている。第3章で、フェリーから海を見つめていた視線と、電車の窓から外を見つめていた視線は決して同じではない。それは雪子の短くなった髪からも想像できる。第4章において、はじめかみ合わない視線のやり取りはしかしやがて、親密な距離を取り戻すだろう。

 

 

先に観察という言葉を使ったけれども、こういった視線の在り方、もしくは画面の切り取り方や編集は非常に巧みで、ただ俳優に任せたようななまけた姿勢とは全く異なる。もちろんそうでなければ、はっと息をのむような美しい光の光景も、ふと感性を刺激する画面への出入りもあるわけがなく、その人らしさのはみ出る些細な動きなど映し出すこともできまい。映すものと写さないものの取捨選択が的確な、とても豊かで優れた映画だった。杉田協士監督作は今作が初めてで、いまさらな話ではあるのだけれどこういった作品が特に地方ではまともに公開もされず、またその後カバーする方法も限られているというのは本当にもったいないと思う。

ところで変な話をすると、第1章で絵を書くために各々校舎のあちこちにイーゼルを立てて風景と向かい合うその姿がまるでカメラをのぞき込む姿であるかのように見えてしまったのも、きっとこの映画の在り方によるものだろう。さてそのとき、ふと風が入り込んで揺れるカーテンを果たしてあの生徒は見ていたのだろうか。もしくは何か違う、彼女だけに見えていたものを描こうとしていたのだろうか。