リンゴ爆弾でさようなら

91年生まれ。新作を中心に映画の感想を書きます。旧作の感想はよほど面白かったか、気分が向いたら書きます。

『セッション』を見た。

狂育。

第87回アカデミー賞において5部門にノミネートされ、うち助演男優賞編集賞・録音賞を受賞した作品。監督は新星デミアン・チャゼルで、脚本も担当している。


偉大なジャズドラマーになるという夢を持ち全米屈指の音楽学校に入学したアンドリュー・ニーマン(マイルズ・テラー)は、伝説的な教授フレッチャー教授(J・K・シモンズ)の目に留まり、彼のスタジオバンドに招待される。浮かれるニーマンであったが、フレッチャーはほんの些細なミスも見逃さず、ミスをした生徒に対して精神的・肉体的に追いつめるような指導を行う教授であった・・・

クローズアップが多用される。それはそのまま、彼らが見て、感じている世界であるといえる。周囲をぼかしてまで人物、顔、楽器、楽譜、血、指、汗に接近するのは、彼らがそれに没頭し、それしか見えていないからだ。この様子をハングリー精神であるとか上昇志向と言ってしまえば聞こえはいいのだろうが、この映画の中でそれは、完全なる狂気を醸成させる。ニーマンはこう考えている。成功し偉大な音楽家になるのだ。その辺のくだらない、地元のちょっとした成功者ではなく、歴史に名を残す偉大な人間になるのだ。そうなれるなら若くして死んだって構わないし、いくらでも痛みを引き受ける。友達もおらず、偉大になるためなら同級生をコケにし、恋人すら邪魔者扱いをするニーマンの執念とエゴは異常である。
その異常をさらに駆り立てたのがフレッチャーという狂気である。彼もまた、偉大な人物を育てる事だけを目的としており、その辺のくだらない、地元のちょっとした音楽家ではなく、歴史に名を残す偉大な音楽家を育てようとした。そのためならいくらでも暴力をふるうし、理不尽も厭わない。かくして出会った二人は、その狂気を増幅させてゆく。
しかしここで問題だったのは、彼らには実のところ、偉大になる(させる)ほどの才能がなかったという点ではないのか。ニーマンには、彼が目指すバディ・リッチほどの才能が果たしてあったのだろうか。「シンバル投げ」を真似するフレッチャーには、本当に偉大な音楽家を生むほどの才能があったのだろうか。僕にはどうも、そうは思えない。彼らにあったのは極端な成功と才能への渇望ではないのか。おそらく本作は、自分にはその才能がないと知りつつも肥大した成功欲を原動力としてもがくうちに、その世界から抜け出すことが不可能となってしまった者たちの狂気の渦を描いているのだろう。二人の渇望はクローズアップにより濃密な狂気となり、細かい編集によって復讐心と闘志を織り込み駆り立てられてゆく。編集は本作でも大きな役割を果たしており、例えば人物がカット毎に接近するとか、音に合わせ切り替わる編集は良いと思える部分もあり、終盤はまさに『Whiplash』、鞭打つようなカットが見られたと思う。



そんなテンポの中、ニーマンとフレッチャーが対峙する最後の場面。そこで行われているのは、演奏ではない。あれは対決である。しかもそれは殆ど殴り合いのようなものである。何故なら本作は、腕の映画であるからだ。ニーマンが譜をめくるとき、ドラムを叩くとき、当然そこには彼の腕が存在している。彼がその腕を酷使し高速でドラムを叩く様子を見て何を感じ取るかといえば、それは暴力である。実際にドラムセットを殴り壊すシーンもあるが、最後の場面において彼はステージ上でフレッチャーに対し、音を通して殴り掛かったのである。
一方フレッチャーはどうであったかというと、彼こそまさに腕を使う人間だ。この映画を仕切っているものは一体何か。それは彼の腕に他ならない。フレッチャーは罵声でも怒声でも理不尽な脅しでも暴力でもなく、鞭のごとき腕の動きによってこの映画を支配している。言葉の罵りだけなら、『フルメタル・ジャケット』のハートマン軍曹によるありがたいお言葉集に比べ物足りなく思えるものの、フレッチャー先生による人を支配する身振り手振り講座を開講出来るくらいに彼の腕は印象に残る。この腕の暴力的なしなりこそ、フレッチャーという人物なのである。



狂気を振りまいてステージ上で殴り合う姿。そこにあるのは音楽的到達ではなく狂気の果てへの到達であった。画面上ではこの2人だけが共鳴しており、それ以外はほとんど無視され、ニーマンの父親ですら息子を遠くから覗くことしかできない。なので彼らは何かを掴んだというより、狂気の彼岸へと行ってしまったのだろうと思えるのである。本作がもしこれで、冒頭のようなじりじりと寄るアップやロングを上手く使い分け画面にもっと不穏な空気を湛えさせていたならばより好みの作品であったろうにとは思うが、それでも黒い教室のビジュアル等、不穏な熱量を湛えた面白い作品だったと思う。

セッション [国内盤HQCD仕様]

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