リンゴ爆弾でさようなら

91年生まれ。新作を中心に映画の感想を書きます。旧作の感想はよほど面白かったか、気分が向いたら書きます。

いまさら!2023新作映画ベスト

新年のご挨拶を申し上げます。今年も当ブログをよろしくお願いします。

 

さて、いつもであれば「今年の映画、今年のうちに」と題して大晦日にその年の新作映画ベストについてブログを更新していましたが、今年は大晦日・元日にかけてPerfumeカウントダウンライブのため旅行しており間に合いませんでしたね。しかも帰ってからはまったり気ままに過ごし、気づけば1月も終わろうかという時期の更新となってしまったけれどちゃんとやります。2023年新作映画ベストです。新作の基準は僕の住んでいる地域で今年劇場公開された新作、ということで初見でもリバイバルは除外ですし、都心部では2022年公開の作品でもこちらで年内公開ならば対象です。なお今年も今一つ心に刺さった作品が少なかったので、ベスト5+次点です。 

 

 

 

次点 ヒンターラント

第1次世界大戦後、ロシアの収容所から解放された元刑事が変わり果てた祖国で連続殺人事件に巻き込まれるお話。ブルーバックで作り出されたドイツ表現主義的歪んだ世界はほとんどやり過ぎの奇天烈ではあるけれどもとにかく拘りがあることには違いないし、背景にかまけるだけではなく90分ほどで人間の歪みと痛みを語り終えているのだからただの珍奇とはいえまい。これよりもほかに楽しんだ作品はたくさんあったけど、2023年にはこんな映画があったなぁと思い出したくなる感じから次点に選ぶ。6位でも10位でもない次点です。

 

5位 なのに、千輝くんが甘すぎる。

雨降りの道、畑芽育の髪の毛についたテントウムシを、学校一のイケメン高橋恭平がそっと手にとってやる場面。ここでは髪に触れる手のアップから掌中に収まった虫と、それに驚いた顔を見せた直後一歩退くヒロインの姿を非常にリズムよく繋いでおり、うっかり近づいてしまった距離がもたらす緊張と解放をスムーズに見せている。このように気持ちのよいアクション繋ぎ、あるいは適切なタイミングで引くカメラが映し出す距離の描写が光る作品で、終盤には見る・見られる関係の逆転もあって終始楽しく見られました。物語は気持ち悪いけれど。

 

 

4位 トリとロキタ

難民としてベルギーに渡ってきた偽姉弟が次第に追い込まれてゆく大変息苦しい作品ではあるものの、思いのほかとても娯楽映画らしいサスペンスに満ちていて驚かされた。飯屋の厨房を拠点に夜の街を彷徨いながら大麻を売りさばき、時に売春までさせられるが常に金は足りず、うらぶれた姿でまた夜の街に繰り出す様子にはプログラムピクチャーを重ねもする。さらに、遠い遠い倉庫に軟禁され大麻の栽培を任された姉を恋しく思ったトリが、その幼い体ゆえに閉ざされた倉庫の内部へと侵入する様子などさながら冒険・探検であって、室内の構造までいちいち丁寧であるためにサスペンスも持続している。ダイナミックな地形を生かした逃走と冷酷な暴力まで用意されていて大満足。森はいつだって暴力の味方です。

 

 

3位 ファースト・カウ

視界を覆い隠すほどの草木生い茂る手つかずの森は人が生活することなど微塵も考えてはいないし、ぬかるみの上を歩かなければならない小さな集落も決して心地よくはないだろう。ぽつねんと置かれた小屋は仮住まいでしかなく、狩猟団も英国の仲介人も先住民も、誰もが満足していないであろうこの土地、鳥だけが自らの存在を誇示して囀る環境の描写がとりわけ素晴らしい。その中で運ばれるミルクの滑らかな白やドーナツの甘美な音に心奪われるのはそれらが環境に不釣り合いなぬくもりを持っているからではないか。あるいは薪き割りと掃除の動作が同時に画面内フレームへと収まるショットが美しいのは、そこに人間らしい共同の空間が立ち上がっているからではないか。

ところで冒頭から繰り返される、隠れ、隠し、そして覗き見るといった行為はクッキーとキング・ルーという弱い男たちがこの環境で生きるための適切な方法であって、牛乳泥棒もその自然な延長として受け止められる。また彼らの共犯関係は「匿うこと」から始まっており、その倫理は最後まで貫かれる。つまり非常にシンプルな動機に貫かれた作品だけれどもそれは画面から不要な複雑さを排したがゆえの結果であり、映画の美徳だと思う。傑作。

 

 

2位 猫たちのアパートメント

再開発のため取り壊されることが決まったアジア最大級の団地と、そこに住み着いている猫たちを追ったドキュメンタリー。はじめ画面に映し出されるのは木々の緑が程よく配置された居心地のよさそうな、しかし徐々に移住が始まっていることを重機の存在が訴えかけている団地の姿で、猫たちはその光景をじっと見つめている…ように思わされる編集がなされており、つまりはまず編集が素晴らしい作品といえよう。さて猫たちは風に揺れる緑の間を、あるいは街灯に照らされて煌めく新雪に足跡をつけ闊歩する。しかしそんな風景も季節が過ぎるうち次第に瓦礫と雑草生い茂る廃墟の様相を呈しはじめ、植林が進むと土砂は崖のように盛り上がり荒野を想起させるまでに変貌してゆく。

このようにして小さな世界が崩壊していく過程がここには記録されている。猫たちは狭い地下を駆けまわり、人のいなくなったアパートを探索し、土砂の崖を登り寂莫とした世界を生きる。人類の手助けも決して感傷を呼ぶことはなく、ひたすら居住空間の崩壊と猫を主眼にした厳格さに心打たれる素晴らしい作品。

 

 

1位 レッド・ロケット

grate ageinの有害さをまき散らし一切反省をしない元ポルノ俳優が故郷で存分にその迷惑な人間性を発揮させる喜劇。彼の田舎は広い土地に横長の疲れた平屋と廃墟が並び、ゆったりと貨物列車の走るその反対側ではトラックが朽ち果てているような貧困地域で、製油工場のでっぷり丸いタンクや高く聳える煙突以外に発展の兆しも見えず、青く広い空にも解放感を見つけられない環境である。環境とは登場人物の生活と人生の背後を包み込む装置であり、ポルノ俳優のみならずここに生きる人間たちの一様に褒められたものではない在り方は、この環境にひとまず要約される。

しかし朝夕の陽、あるいは工場が放つオレンジと青の光に照らされながらふらふら移動するショットの心地よさ。または16ミリのざらつきと色彩、豊かな黒。そしてやや光の強めな画面は鮮やかで風景の切り取り方も美しく、環境は単純な要約からはみ出して滲み、さらに非現実への遭遇を促し始める。

男はポルノ業界への再起をかけ未成年の少女に近づく。予行練習として彼女の家で「撮影」に及ぶとき窓にかかるカーテンは非現実的な緑の光を蓄えており、まるで『めまい』だ。あるいは、ショーン・ベイカーらしいほとんどアクションとしての生々しい口論の末、裸で放り出された男を待つのは自分よりもさらに強烈なハリボテの光景である。ここでスーツケース・ピンプの間抜けな顔に滲む汗は、うっかり扉を開いてしまった異常な世界への緊張のようにも思え、そんな現実と非現実が対峙する特異点まで連れて行ってくれる、笑えて怖いこの作品を2023年の1位にします。




以上がベスト5+次点でした。他には

スピルバーグの恐怖映画『フェイブルマンズ』

壊れたテープのような異界玄関とタイトル回収が素晴らしい清水崇のヒップホップ『ミンナのウタ』

墓石パンチと回転ベッドに爆笑の塩田明彦春画先生』

背景にいる何の関係もない人物が妙に良いポール・シュレイダー『カード・カウンター』

存在しない妻との会話に泣くウェス・アンダーソン『アステロイド・シティ』

ジャンルを横断しながら細かくタイムミットを設定して緊張感を保つジャン・フランソワ=リジェ『ロスト・フライト』

役者が光るアメリカお仕事映画ベン・アフレックAIR/エア』

フルショットからアップまで役者の収め方がうまく移動も達者なマリア・シュラーダー『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』

ほとんど理不尽スラッシャーと化したアントワン・フークアイコライザー3』

あたりが良かったですかね。配信スルーになったパーカー・フィンの『Smile スマイル』が期待よりずっと面白かったのも印象的で、これらを入れてベストテンにできるじゃないかとも思いましたが、なんとなくの並びの気持ちよさですかね。上位3本以外は気分次第で入れ替えてもいいかなというくらいの差です。

 

さて2023年も見られなかった映画、公開されなかった映画はたくさんあったわけですが、そのうちすでに『こいびとのみつけかた』と『ショーイング・アップ』は配信が開始されているのでこれから拾っていこうと思います。ちなみにワーストは『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』やマーベル実写映画に『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』あたりですがこんな作品どもはどうでもいいんですよ。ワーストと言いたくなるほど嫌いではなく、単純にただただつまらないだけですからね。とにかく今年はもう少し見る作品の幅を広げたいです。ちょっとでも気になった新作は目もしておいて劇場・配信できちんと見るようにします。あと次回は山形の映画祭にも行ってみたい。ちょうど繁忙期なのがネックですが。

 

というわけで2023年新作映画の話はこれでおしまい。こちらの地域ではつい先日カウリスマキの『枯れ葉』が公開され、来月頭には三宅唱『夜明けのすべて』もはじまるわけですが、それまでに下半期旧作映画ベストの更新でお会いしましょう。それではまた。

レッド・ロケット (字幕版)

レッド・ロケット (字幕版)

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