リンゴ爆弾でさようなら

91年生まれ。新作を中心に映画の感想を書きます。旧作の感想はよほど面白かったか、気分が向いたら書きます。

『ザ・ファイター』を見た。

ファイティング・ファミリー

アカデミー賞助演男優賞助演女優賞を獲得。実在のボクサーとその家族の物語。

なんもいいことのない街、ローウェル。そこに2人の兄弟ボクサーがいた。かつてスターだったが、薬におぼれ過去の栄光を引きずったままでいる元ボクサーの兄ディッキー・エクレイ(クリスチャン・ベール)と、ディキーからボクシングを学ぶが、家族に縛られ不利なカードも無理矢理組まされてしまう不遇の弟ミッキー・ウォード(マーク・ウォールバーグ)だ。2人の母、アリス(メリッサ・レオ)は過保護にマネージャーとしてウォードを管理するが、「母の支配から自立すべき」と言う恋人シャーリーン(エイミー・アダムス)との関係にウォードは悩む。そんな中、資金難のため詐欺や美人局で金を集めていたディッキーが捕まってしまう。兄を助けようとしたウォードは拳をつぶされてしまい・・・。というストーリー。



映画が始まってすぐ見せる助演男優賞も納得のクリスチャン・ベールのヤク中演技が凄い。痩せこけてハゲでカッと目を開いていて常にハイテンション。躁状態というのか、過去の栄光をひきずってスーパースター気分のどこか憎めないような困った人をホントに良く演じている。クリスチャン・ベールはホントに凄い俳優だが、今回はもうホント凄いとしか言いようがないのだ。
対照的にマーク・ウォルバーグ演じるウォードは家族がギャーギャー騒いでいるときも黙り込み、受身でじっと耐える。この2人はボクシングのスタイルも対照的で、彼らのスタイルはそれぞれの人格を表しているようでもある。インファイターのウォードはじっとパンチを受け続け、ある時力強いパンチで爆発するのだ。この2人はまったく別のタイプの人間だが、彼らの間には確かな絆が、兄弟愛がある。
メリッサ・レオ演じた過保護で家の中での絶対的な権力者である母親アリスの迫力もとんでもない。ただ、彼女は息子を支配し、単に金儲けの道具として考えてるわけではなく、彼女なりに家族を思っている母親なのだ。
母親だけでなく、何故かずっと家にいる大量の姉集団の動きはかなり面白いのでそれも見どころだ。息子と恋人がセックスしてるところに大量の娘たちと乗り込んでいくところなんてかなり笑える。家族と対立するウォードの恋人、シャーリーンを演じたエイミー・アダムズは、貧乏白人でちょっと体もだらしない感じが好きでしたね。



この映画を語るときにはボクシングの話ではなく家族、人間関係の話ばかりになってしまう。これはボクシングを題材にしてはいるももの、家族や兄弟といった間にある愛の話なのだ。家族たちはウォードを愛しているが、周囲はそれこそ害になるのだと気づいている。しかし、愛ゆえに家族はそれに気がつかないのだ。そしてウォードは家庭の権力を握る母親や、それに付随する兄弟姉妹らのしがらみを家族への愛ゆえになかなか断ち切ることができない。

そんなウォードが拳をつぶされ、一度はボクサーの道を諦めるものの、自分たちの人生や取り囲んでいるもののどうしようもなさを見せつけられ、「自分達はクズだったんだ!」とはっきり気づいた時、自分の意思でもう1度ボクサーとして立ち上がるというのが感動的だ。初めは家族と完全に手を切り、それに母たちは憤慨するものの、彼女らも段々と現実を見始める。そして登場人物たちは対話することで困難から前へ踏み出していく。
ウォードの家庭を批判していたシャーリーンも実はディッキーやアリスと同じような事をしていたのだと気づいたり、ウォードがアリスから受け取っていた「ある苦しみ」を告白したり、ディッキーは自分自身がすがっていた幻想を捨て弟に希望を託す。シャーリーンとディッキーの会話シーンは観客にも向けられているような言葉の応酬があるので胸にくるものがあるし、デッキーがウォードに「ある真相」尋ねるシーンはとても感動的だった。この映画は何よりも兄弟愛の話なのだ。
そうやって登場人物がそれぞれ面と向かって話し合い、抱えていた問題を乗り越えラストへと向かっていく。ウォードが自分の意思で立ち上がり、兄は厳しい現実を受け入れ、再び家族愛・兄弟愛を取り戻していくあたりはホント良いですよ。


もちろんボクシングシーンも体をしっかり作り上げているし、様になっているのでそこも注目なのだが、試合自体はテレビ風の映像で無駄にエモーショナルにするわけでなく、積み上げてきたドラマで感動させる。この映画に限らず、良いボクシング映画の中におけるパンチの痛みは現実の痛みの象徴なのだろう。それにじっと耐えるウォードの姿もまた感動的だ。


とにかく兄弟愛の物語として良い映画ですのでボクシングとか興味ない人でも見てほしいですね。