リンゴ爆弾でさようなら

91年生まれ。新作を中心に映画の感想を書きます。旧作の感想はよほど面白かったか、気分が向いたら書きます。

最近見た旧作の感想その52~2023上半期旧作ベスト~

上半期どころかもう下半期も終わろうとしているのに、いまさら上半期旧作ベストです。いやぁしかし今年はもう暑くて暑くて憔悴していたわけですが気づいたらもう雪が降るほど寒いってんだから時の流れは速いもんで、而立から不惑までもきっとあっという間なんでしょうなぁ。と、余談はさておき本題。今年の1月から6月の間に見た作品の中からとくに面白かったものについて、簡単に書いていきます。順位はありません。

 

 

 

『喜劇"夫"売ります』(1968)

こちら→https://hige33.hatenablog.com/entry/2023/06/30/230948に個別で記事を書きましたが、これは言葉も大変面白く、役者の表情や動きも楽しめる素晴らしい喜劇で、喜劇・コメディに対する苦手意識がこれで少しは薄くなったような気がする。瀬川昌治監督の作品は今まで見たことがなかったけれど配信サイトにもそこそこ作品があるようですから今後見ていきたいところ。ちなみに安藤昇主演の犯罪映画『密告』(1968)もとても面白い作品でした。喜劇だけじゃないのか。

 

 

 

『怪猫お玉が池』(1960)

石川義寛監督による怪猫もの。どぎつい色と残酷さによる見事おどろおどろしさ。冒頭、森を彷徨う男女が堂々巡りの果て度々たどりつく、おおよそまともな色彩をしているとは言えない奇怪な池のほとりで彼らは猫に導かれて廃墟の門を開くわけですが、この堂々たる怪奇のハッタリを楽しませてくれる冒頭部分からすでに素晴らしく、もはや嬉しくなってしまう。続く屋敷の中では北沢典子が化け猫の手招きにあわせてふらふらと体が引き寄せられるのだけれど、その動きは本作においても一番目を引くシーンだろう。似ているわけではないが『回路』のアレのよう。そう考えると黒沢清、特に『回路』はシミとかも怪談的風味ではありますね。また屋敷での斬りを筆頭に室内カメラワークも見事で、こういった諸々の動きが心地よい箇所も多い。もちろん、簪から流れる血であるとか狂気に囚われて真っ赤な池に沈んでゆく悪役など怪奇の欲望も存分に満たしてくれるし、水の撮り方扱い方も素晴らしいと思います。とても面白かった。

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『香も高きケンタッキー』(1925)

母娘の二代にわたる馬が主役になる視線のメロドラマ。雨上がり、都会の交差点で元主人と運命的な再会を果たすも視線が合わずにすれ違ってしまうシーンはあまりにも美しく、この場面を筆頭に全編馬という生物の崇高な美しさが画面に満ちている。森に佇み木漏れ日を浴びる悠然たる姿や光を受けて輝く毛並みには感嘆の声が漏れるでしょう。さらに、殺処分されそうになる場面での調教師との切り返しではまるで馬に表情があるかのように見える。ちなみに殺処分のため銃に弾を詰める手元のアップとか馬以外の描写も当然優れていて、かつての愛馬を連れ戻すシーンでは二人の男がボロ小屋の扉越し、画面上隠れている場所で拳闘を始めるのだけれど、その結果がわかるほんの1秒前に、まず窓ガラスが割れる。このわずかなズレを生むアクションがやはりうまい。ちなみに余談として、頭を擦りつけあい戯れる馬たちを見ていて連想したのはジュラシック・パークヴェロキラプトル、特に調理室へ侵入する場面ですね。あれは蹄の代わりに鉤爪で暴力を際立たせているけれども、頭の動きなど実は馬が参照されているのではないかと、ふと思ったのです。

 

 

 

『湖の見知らぬ男』(2013)

よくタイトルは聞くけれど日本で見られる機会がほとんどないという、よくあるやつ。視界のひらけた広い場所から、あるいは茂みにさえぎられながら「見る」ということ。ミニマムな世界の中で行き交い、見て見ぬふりをすることがサスペンスや妙な間の抜け方を醸し出していて不思議だし、家も道もなく、あくまで湖という世界だけで宙づりのまま終わってしまうのも好き。また「スープのよう」な湖のゆったりとした官能。ぬめりがあってまとわりつきそうに見える湖面はとても素晴らしいと思うし、また木々をざわめかせる風をはじめ、音も印象に残る。とはいえ、何よりインパクトが強いのは正面から堂々と映し出され続ける男性器なのです。

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溶解人間(1977)

これは詩がありますね。溶けゆく孤独な人間の放つ詩が。とある宇宙飛行士がなんの因果か地球へ帰還すると体が溶け始め、わけもわからぬまま暴れ脱走し、夕陽を背にあてもなくふらふら彷徨い、最後には完全にドロドロになって汚物として場末のゴミ箱に捨てられるだなんてあまりに物悲しい。しかもラジオからは新しい宇宙への挑戦が流れており、なんだか泣けてしまいますね。もちろんそんな感情もリック・ベイカーによる素晴らしい特殊メイクの力あってこそで、「ああっ、人が溶けてる」に素直に驚かされるからこそ無常感も際立つ。ほかにも、起き上がった溶解人間をみて驚いた看護士がガラスを突き破って走り去るその勢いとか、あるいはどんぶらこと川を流れる生首とか、電流黒焦げ落下死体とか、要所要所でインパクトの強い映画でしたね。

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『こどもの世界(トワイライトゾーン/超次元の体験)』(1983)

何もかも思い通りにできる超能力少年が現実とカートゥーンの境目のない家で疑似家族を形成しようとする、コミカルだけどぎょっとする凶悪さも備えたジョー・ダンテの傑作。特に好きなのは「口を無くした」本当の姉が軟禁されている部屋へ続く廊下ですね。光源のわからない謎の影が四方の壁で交錯しているこの表現主義的空間は、一度見たら忘れられないインパクトがある。これは何故か廊下に置かれているテレビで流れているフライシャー兄弟のアニメ『Bimbo's Initiation』(1931)のオマージュでしょう。というか『こどもの世界』という作品全体がこの悪夢的傑作アニメのオマージュといっていいかもしれない。さて一方少年が暴走し始めると今度は毒々しい色彩が室内を支配し、テレビ=カートゥーンの世界に閉じ込められたり、あるいはテレビからはヘンテコモンスターが飛び出てくる始末。その造形というか変形はあまりにも悪趣味だけれど自分が小学生のころに見た『マスク』(こっちはテックス・アヴェリーでしょうが)とか学校の怪談のテケテケやシャカシャカを思い出し懐かしくもある。現実もカートゥーンもモノクロもカラーもキュートもグロテスクもごちゃまぜになった、とても力強い一作。

 

 

 

『秋立ちぬ』(1960)

白状しますと成瀬巳喜男監督はどうもわからない。好きな作品もあるしどれを見ても面白いなとは思うけれども、しかしよくわからないという印象でそれがなんだか恥ずかしくもあるわけですが、何はともあれこれはとても好き。少年の前からどんどん人が消えてゆく大変厳しい物語。父親は結核で亡くなり、母親は駆け落ちし、友情をはぐくんだ少女も最後どこかへ引っ越してしまう。ガランとした空き家の風景からデパートの屋上へ至る流れなどあまりの寂寥感に胸が締め付けられる。大人たちの現実に振り回される少年は口数こそ少ないものの僅かな表情や動作によって十分に感情が表現されており、まさに演出の賜物といえるでしょう。また辛いばかりではなく美しさやアクションもふんだんで、例えば親戚の兄に連れられバイクで夜の道路を走るシーンは美しい光に満ちているし、少女と二人、海岸まで小さな家出を試みる場面などはただひたすら歩くことによって魅力的な風景の連鎖=映画を作り出している。喧嘩の最中に突き飛ばされた衝撃で紙袋から飛び出るトマトの転がり具合まで絶妙。

秋立ちぬ

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『午後の網目』(1943)

マヤ・デレンとアレクサンダー・ハミット監督によるアヴァンギャルド短編。物語らしい流れも一応あるけれど、その考察がどうとかよりもまずイメージそのものが魅力的であって、例えば手のひらや首筋といった肉体の細部は光の扱いもあって際立っているし、マヤ・デレンが舞踏家でもあるためか全身の動きによる表現も見どころ。また鍵をカバンから取り出すショットがどこかサイレント映画を感じさせる手つきであったり、黒いレースのカーテンや髪の毛を揺らす風の雰囲気も美しい。あとは黒装束で顔に鏡をはめ込んだような謎造形マンは割とストレートに悪夢っぽいキャラクターで好きですね。

 

 

 

さて以上が上半期に見た中で特に好きだった作品です。他には、色々と誘い水が多く洒落臭いけれどもしかし血の雨とかバカバカしい絵面もきちんと撮っているところに好感が持てた『NOPE』(2022)、「泊ってしまった」芦川いづみ沢村貞子の視線がズレていくあたりの緊張感をはじめどんどんホラーへ転嫁していくのが面白い『結婚相談』(1965)、三隅研次とは一味違い編集の畳みかけやあるいは役者の重たさが魅力の岡本喜八監督版大菩薩峠(1966)、パリの街並みとか風に雪とそれにリリアン・ギッシュの美しい横顔が記憶に残る『嵐の孤児』(1921)も面白かったですね。

さて、冒頭にも書いた通りもい下半期も終わりに近づいているわけですが、年末ベスト前に一回くらいは新作・旧作どちらもいいので更新したいところです。なんとかなればいいな。というわけでまたお会いしましょう。