年の瀬でございます。というわけで今年もやります、2020年に見た新作映画ベストです。今年鑑賞した新作62本の中から選びたいと思います。尚、新作の基準は今年はじめて公開となった作品でリバイバルは除外。Netflixオリジナルなど配信作品についても今年初めて日本で見られるようになったもののみ入れることとします。さて、前置きはこのくらいにして早速ベストに移りたいところではありますが、今年度はベストテンではなく、ベスト5+次点にします。理由はまた後ほど。
次点 のぼる小寺さん
小寺さん(工藤遥)がのぼる理由は結局わからない。対面しても響きあわないので、結局周囲の人物は小寺さんを見つめ、また彼女に倣って何かをするしかない。のぼることも卓球も心理的な意味には回収されず、素晴らしい音の(音響は小川伸介や青山真治作品を担当した菊池信之)の中、純粋に行動として画面に現れる。それが良い。ミニマムな作品でキャラクターも多くはないが不快な人物はおらず、『桐島、部活やめるってよ。』の影響下にあって『アルプススタンドのはしの方』のような押しつけがましさもない。そして見つめることのほか見つめられることの意外性も描いていて、例えばネイルのような細かいことから、誰もが見られることについて驚きつつ受け止める。それは最終的に、2回目の背中合わせの関係で結実するだろう。古厩智之監督作品は初めて見たけれど、とてもよかった。
5位 透明人間
玄関から家を出る話である。セシリア(エリザベス・モス)はDVから逃走しその余波で隠れて生きるようになるが、その上策略によってまともには取り扱ってもらえなくなり隔離される。建物の外から中へを繰り返し、ついにそれが体にまで達したとき内から外への反逆を開始し、最後には元の玄関を正面から堂々と出ていくに至るという話なのだ。この外から中へを繰り返すうちパラノイアチックな恐怖に襲われる感覚がとても面白く、見えない足は大変怖いし、何もない空間のあちこちからノイローゼを引き起こすようだ。ホラーがきちんと画面に定着している。『透明人間』は勿論女性の性被害についての映画だが性別を入れ替えても成立しないことはないだろう。そして当世風以上であること以上に、サスペンス/ホラーとしてとても古典かつ最新の気味悪さが付与されているのが嬉しい。
4位 ソウルフル・ワールド
ピクサー久々の当たり。特に魂世界が良く、死者が導かれる先の光は有無を言わさぬ圧力があって怖いし、触れた瞬間の音もまさに「消失」という感じでやばい。パステルカラーの魂世界ではカウンセラーと呼ばれる一筆書き風キャラクターの表現が目を引く。基本的に魂世界はどうも胡散臭いけれど、迷える魂たちなどホラー部分は本気。そしてなにより素晴らしいのはアッティカ・ロスとトレント・レズナーによるテクノな、『ソーシャル・ネットワーク』を思い出させるバランスの劇伴である。これらに比べると現実世界に戻ってからはイマイチ物足りない。ライティングは素晴らしいし、視点を変えて現実を再構築するのはピクサーのお家芸で、流石話もうまい。だが生徒がトロンボーンを披露するシーンなどいかにも説明であざとくはないか。最後ももっと活劇にできなかったかと不満もある。まぁ、あざとくても結局泣くところは泣くのだけれど。さて本作は「枠」から出る話だといえる。ジョー(ジェイミー・フォックス)の周りは著名なジャズミュージシャンの写真やポスターだらけで、彼らに倣い彼らを目指すジョーが(演奏本番前も写真を見て居直る)、実際に目で見て感じたものをこそ愛し、最後には枠から出ていくところで終わる。とてもいい話だ。しかし実際、日々に美しさや喜びを見出す感性って無茶苦茶特別な才能じゃないっすかね、とは思う。
3位 ハニーランド 永遠の谷
こんな世界があるのかと発見すること、それが映画の面白さの一つであるとするならば、北マケドニアの辺境の地で養蜂業を営む女性を捉えたこのドキュメンタリー映画こそ、今年もっともその称号にふさわしい。電気や水道は届かぬぼろぼろの小屋に盲目の母親と二人で暮らしながら蜂の世話をするハティツェの行動一つ一つに目を見開く。厳しい崖を伝い蜂の巣を取りに行くという地形の驚きから、養蜂業に関わる道具の一切についても勿論、市場ではちみつの価格交渉をしながら髪染めを買って帰り、親と口げんかしながらご飯を食べ髪を濡らす姿まで、新鮮な未知の世界の驚きと、しかしやはり普遍的な人間の姿に引き付けられる。この養蜂家の自然な振る舞いは、撮影に3年以上の歳月をかけたことが大きく影響しているのだろう。それでも上映時間はたった87分。素材のほとんどは使われていないということだが、逆に最も必要な成分だけで構成されているといえよう。ショットもおおむね素晴らしい。ただ中盤以降わかりやすい物語が生まれてきてからは少し落ちる。あまりによくできた展開なので劇映画かと疑うほどだし、疑ってしまうほどのことが実際起こったのだと思うとそれは確かに生かさずにはいられないのだろうけれども、画面上の驚きは減ってしまった。
2位 幸せへのまわり道
ロイド・ボーゲル(マシュー・リス)による2度目のインタビュー。「相談されるのは重荷じゃないですか?」と聞かれたフレッド・ロジャース(トム・ハンクス)は、ピアノの鍵盤をたたくジェスチャーをする。これは彼曰く感情を制御する方法らしいのだけれど、さてこのショットが不思議だ。この鍵盤をたたくショットだけ、他の切り返しとロジャースの位置が微妙に違って画面端の方に少しズレている。いったいなぜなのだろう。気にしてみていくと、ロイドは癒されていくにつれ、画面内の枠に収まるようになり「お隣さん」に収まっていく一方、ロジャースはときどきはみ出す姿を見せている。人形の吹き替えをする姿がそうだった。もちろん最後のショットもそうだ。その姿が妙に心に残る。もちろん、撮影や照明といった基本的な画面の良さもあるし、提示する癒しについてもそれはそれで温かみのあるいい話だとは思うが、心打たれたのは人知れずはみ出てゆくロジャースの姿であった。
1位 ブルータル・ジャスティス
今年もっとも驚いた作品で、感想は以下の通り。
『ブルータル・ジャスティス』を見た。 - リンゴ爆弾でさようなら
S・クレイグ・ザラーという監督のことは初めて知った。どの作品も空間とアクション演出が巧みで、足の負傷と妻を逃がすという共通点を持った、作家性の強いタイプの人だった。こんな映画を見過ごしていたとはと恥ずかしくなると同時に、知らないということの価値を存分に味わった。本当は世界中にこういう出会いが待っているはずなのだという感動も加味して、今年の1位はこの作品。
以上が僕のベスト5+次点です。次点として迷ったのは『リコーダーのテスト』で、これは同じキム・ボラ監督の『はちどり』よりも全然よかった。ちなみに『はちどり』については空気感などというあやふやなものではなく、循環される空気とされない空気の扱い方について考える方が面白いと思う。他には『アンカット・ダイヤモンド』『フォード対フェラーリ』『ナイチンゲール』『初恋』も良かったと思う。だけれどもベストと呼ぶほどには思えなかった。期待していた『スパイの妻』は、映画/ドラマ、脚本/映像の間でもがいているような感触で面白い部分もあったけれど、黒沢清の新作では初めてブログを書かなかった。そういう微妙な線の作品が多かった。ちなみにワーストは断トツで『ジョジョ・ラビット』。下手とはいわないし、サム・ロックウェルの役は『スリー・ビルボード』よりよっぽどよかったように思う。だがあの生意気なガキがとにかく大嫌いだ。出来不出来を超えて嫌いだ。見ていられなかった。
さて今年は面白い作品がなかったのか?おそらくそうではない。『ヴィタリナ』『セノーテ』『死の間際』『鵞鳥湖の夜』『ジオラマボーイ・パノラマガール』など面白そうな映画はまだまだあった。しかしやはり、コロナ禍によって満足に劇場に通えなかったのは大きい。僕は就職してからというもの、映画館はおろかイオンは勿論まともな本屋一つない田舎に住んでおり、そのため地元へ帰省して見ることが多いのだけれど、情勢によりそれがなかなかかなわずにいたということがまず影響している。
配信はそれでも見られる。実際このベストも5、3位以外は配信で見た。しかも今年は映画祭も配信していたわけだから、普段よりバラエティに富んだ作品が見られたはずである。だが性格がだらしないので期間限定では多くの場合見逃してしまった。時間と場所が強制される映画館はそういう点でありがたい存在だ。
今年はどうにでもできる時間は本当に無駄にしていて、仕事中なんかは映画を見たいと考えていても、結局家に帰っても何もしない時間が増えた。そういう点では、映画が好きとは言えないのかもしれない。そもそも映画がわからないのだから本当はもっと渇望して片っ端から見なければいけないし、見る人は手を尽くして見るだろう。でもまるで気力が湧いてこない。しかも見たところでただ通り過ぎただけのようなことも多い。空っぽのコップをひたすら眺めているような1年だった。
来年はもっと多く見ていきたい。とりあえず年に明けには下半期旧作ベストでお会いしましょう。それではよいお年を。