リンゴ爆弾でさようなら

91年生まれ。新作を中心に映画の感想を書きます。旧作の感想はよほど面白かったか、気分が向いたら書きます。

『終の信託』を見た。

愛と法をみつめて
Shall We ダンス?』や『それでもボクはやってない』などの名匠、周防正行監督最新作です。主演に草刈民代役所広司を据えて描くのは、終末医療について。


呼吸器内科のエリート医師、折井綾乃(草刈民代)は長年不倫関係にあった同僚の高井(浅野忠信)に捨てられ、自殺騒動を起こす。そんな折井を癒したのは、彼女が担当する患者の江木泰三(役所広司)だった。二人は交流していくうちに信頼関係が生まれ、江木は折井に、もしものときは延命治療をせず、楽に死なせてほしいと頼むが・・・。

本作は3幕から成る。不倫相手に捨てられ、失意の折井が自殺をする1幕目。そんな折井を慰めた江木との交流を描く2幕目。そして、ある処置をした折井を検察官が問い詰める3幕目・・・この3つが終末医療と法の間にある問題を浮かび上がらせる。



正直、1,2幕目は退屈だと思う。折井と江木の交流、監督の弁によるとラブストーリーの部分だが、長い割に登場人物の行動に納得ができない部分が多い。
不倫の恋に破れた折井は、当直室で自殺を図る。その際、彼女は苦しいのに伝えることもできず、早く楽にしてほしいと感じるのだ。このことが後に彼女が起こす、ある行動の原因となる・・・のはまぁいいのだが、この不倫の描写が何とも安直で雑だ。なのでこの部分は後に折井と江木がくっつくための装置としてしか働いていないように思えた。


で、傷心の折井に、江木はプッチーニの「私のお父さん」を聞かせる。それにより二人の交流が始まるのだが、ここも長い割に人物の行動に説得力を持たせられていないように思った。
江木は、折井に自分の過去や最期にしてほしいことを語ったりするが、これがどうも唐突だ。江木は折井を信頼しているからこそこんな大切なことを頼むと言うが、折井が画面に登場してからしたことといえば、病院セックスや自殺未遂である。担当医であるというだけで確かに信頼できる存在ではあるが、映画を見ているこちらには妻を差し置いてまで信頼できる人には見えない。


折井が江木に惹かれるのも説得力不足に思う。弱っているとき寄り添ってくれる人に惹かれるのは分かるが、先ほどの最期のお願いの件や、死期を悟った江木が、車内でもう一つお願いをするシーンでの折井の言動は納得しがたい。医者であるのならなおさらだ。つまり、ここで折井と江木は医者と患者ではなく、男と女として接しているのだが(少なくとも折井は)、そこに至る経緯がちゃんと描かれてないのではないか。なので物語に乗れず、冗長に感じてしまう。



ただ本作の白眉は何と言っても3幕目なのである。登場人物は3人、動きのない、密室で繰り広げられる会話劇であるが、最もアクションとエモーションのある場面になっていた。
延命治療はよしてくれと江木に頼まれていた折井はそれを守る。しかし、その行為により折井は殺人罪に問われ、検察の取り調べを受ける。ここで描かれるのは、法の難しさだ。一体どこから終末医療としての正当性があるのか、本人の意思とはいったい何か、そういったものが浮かび上がる。
この場面で検察は悪役のように描かれる。見ていて高圧的な決めつけ態度、機械的な対応に苛立ちを覚えるだろう。それに検察のやり口が見えるというのも面白い。なるほど、これじゃ確かに冤罪もおこるかも。
では検察が悪で、尊厳死させる側は善であるとする映画なのかというと、そうではない。折井のした医療行為には、確かに問題があったようである。なので医者としての彼女は問題なのかもしれない。
しかし、折井と江木は医者と患者を超えた関係、男と女の間の関係なのだ。折井は江木の言葉に従い、医者というよりむしろ女として、彼にとって最善と思われる行為を行ったのだ。とはいえ、法はそんな状況を考慮しない。この映画は、法というものが、そこに実際にいる人たちを無視して医療の現場に介入することについての疑問を提示する。


この3幕目はこれでも十分見応えがあると僕は思ったが、それまでがもっとよくできていればさらに良いものになっていたと思う。それだけに1,2幕がもったいないのだ。
しかし、冗長に感じる、納得しづらいとはいってもつまらないとか、悪いとは思っているわけではない。というのも、この部分は役者によってだいぶ救われているからだ。特に役所広司は素晴らしい。苦しんでいる様だけでなく、ちょっとした演技が納得しずらい部分を埋めていたように思う。
検察官役の大沢たかおも良かった。全然好きな役者ではないけれど、この一見優しそうだが、実は高圧的なムカツク切れ者というのがピタリとはまっている。こういう役もたくさんやったらいいのに。



というわけで、褒めていない部分もありますがそれでも面白いというか、色々考えさせる、見る価値のある映画ではあると思うのでおすすめです。僕はこの法とか医療については無知もいいとこなのでこんな感想ですが、そういうことに興味のある方は是非。

終の信託 (光文社文庫)

終の信託 (光文社文庫)


あ、最後に一言。パンフレットに「この映画をご覧になってあなたもご自身の意志を残しておくことの大切さを知ったでしょう?」等といって、医療・介護についての希望や大切な人へのメッセージを書かせるエンディングノートがついてきた。はっきり言っておく、大きなお世話だバカ!