リンゴ爆弾でさようなら

91年生まれ。新作を中心に映画の感想を書きます。旧作の感想はよほど面白かったか、気分が向いたら書きます。

最近見た旧作の感想その5

『シャブ極道』(1996 細野辰興監督)


何とパンチの利いたタイトルだろうか。そう思ってウィキペディアなどを見てみると、やはりそのタイトルについてはいろいろ問題があって変更などもあったそうだ。ただ本作のタイトルは『シャブ極道』以外はあり得ないだろう。なぜならこの世間の良識を踏み潰していくようなこのタイトルがすでに、この映画がいかなる物なのかについて語っているといえるからだ。


本作はシャブを愛し、溺れ、狂気の淵で生きていく男の生きざまを描いたやくざ映画である。どこまでも破壊的で、倫理観なんぞくそくらえとでもいうような描写に溢れている。もう冒頭からして凄いもんね。裸の女2人と主人公である真壁五味(役所広司)が寝転がっているところから映画は始まる。この3人は昨夜シャブ打ってセックスしていたのだが、本作のシャブ描写はそれだけにとどまらない。うだるような暑い夏、真壁は何とスイカに塩ではなくシャブをぶっかけてムシャムシャと食いはじめるのだ!それで元気になった真壁は借金を滞納している男とのもへ殴り込みに行くのであった・・・。


以降も真壁が如何にシャブを愛しているかという事についてはたびたび言及される。まず真壁は本気でシャブが人を幸せにすると考えていて、「人間はシャブで幸せになれるんじゃ!」「シャブで一人でも多くの人に幸せになってもらいたいんじゃ」「(酒を飲まないことに対して)ヤク以外やらんねん。体に毒やし」等と名セリフを連発する。他にもシャブ入りローションセックスや、弟分の子供に「醒子」と名付けるなど(おそらく覚醒剤から取ったのだろう)色々笑える場面はあるが、特に僕がお気に入りなのは、やはりシャブを入れたポン酢で食す「シャブしゃぶしゃぶ」のシーンだろう。なんというか、もうここまでやられたら笑うしかないという感じだ。


役所広司は言うまでもなく名優だが、この作品での演技は鬼気迫りすぎていて無茶苦茶ヤバい。というかもう怖い。かの『Shall we ダンス?』と同い年の公開だが、同じ人とは思えないような凄みがある。日本映画において真壁といえば六郎太(隠し砦の三悪人)であったが、これからはこの真壁五味のことも忘れてはいけないだろう。


さて、そんな真壁だが、あまりに無茶苦茶なため子分は彼についていけない。欲望に忠実に動き、やることなすことぶっ飛び過ぎで、利益や経営なんてものも興味がない。シャブで人を幸せにしてあげたいだけ。しかし、そんなマザー・テレサ的発想(道を踏み外しまくってはいるが)を誰も受け入れてはくれないのだ。彼は「なんで俺を一人にすんねん!」と言う。
確かにこの男が実際に周囲にいたらまず関わりたくないような男である。普通なら同情の余地のない、ただの狂った男だ。しかし、僕はこのシーンで涙を流してしまった。そんな男のなのに、あまりに前向きでエネルギッシュであるがゆえに、とにかく魅力的に見えてくるのだ。そしてだからこそ、彼に感情移入してしまう。彼を見ていて思い出したのは『仁義の墓場』の石川力男だ。彼もまた関わった人間を破壊する、刹那的で孤独で、しかし純粋なヤクザだった。彼も真壁も、その純粋さゆえに誰にも理解されなかったと言っても良いだろう。そんな姿に、涙を流したのかもしれない。


このようにヤクザ映画でありブラックなコメディでもある本作だが、まだまだ本作の魅力は尽きない。この映画は更に男同士の対決の物語でもあるし、しかもラブストーリーでもあるのだ。


真壁と対立するのは覚醒剤の撲滅を目指すヤクザ・神崎(藤田傳)。神崎は一見おとなしそうな感じがするが、実はこの男も只者ではないと映画を見ているとわかる。シャブを広めたい真壁とシャブをなくしたい神崎。映画のラストでこの二人が対峙したとき、互いにニヤっと笑うのがまた泣かせるじゃないか。


その神崎の女である鈴子(早乙女愛)を真壁は強引に奪うのだが、そんな2人のラブストーリーとして見てもこの映画は面白い。しかも本作は恋愛の高揚感をなんとシャブで表現しているのだ。これは凄い。あと鈴子がメソメソした女ではなくすごくカッコ良く描かれていたのも良かったと思う。



というわけで、ヤクザ映画であり、男同士の対決の物語であり、ラブストーリーであり、ブラックコメディでもある、とにかくとんでもない大傑作だと思います。160分の長尺、いろんな要素をブチ込んで突っ走るという点では『愛のむきだし』と似た感じかもしれないですね。かなりヤバい代物ではあると思いますが、純粋にエンターテイメントとして素晴らしい映画だと思います。DVD再販を強く望む!

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