リンゴ爆弾でさようなら

91年生まれ。新作を中心に映画の感想を書きます。旧作の感想はよほど面白かったか、気分が向いたら書きます。

『孤狼の血』を見た。

狼のおまわりさん

柚月裕子によって書かれた同名小説の映画化。キャストは役所広司松坂桃李真木よう子江口洋介石橋蓮司ピエール瀧、竹乃内豊、伊吹吾郎音尾琢真、遠藤賢一ら。監督は白石和彌


2つの暴力団の間で抗争の火種が起こっていた昭和63年、広島。マル暴のベテラン刑事・大上(役所広司)は新人の日岡(松坂桃李)と共に、金融会社社員の失踪事件解決に向け奔走している中、会社員は失踪したのではなく、加古村組という暴力団に拉致されていたことが判明する。逮捕状を叩きつけ捜査に乗り込む一方、加古村組が尾谷組の若者を殺害、これにより、大上が抑えていた尾谷組もついに大規模な抗争へと動き出そうとする・・・

東映実録路線の活気を復活させようという気概をそこかしこに配置されたオマージュから感じ取ることは確かにできるのだが、しかしオマージュなどはむしろ不要であったように思える。というのも、そんなことをしても中途半端なことにしかならないからだ。なにしろ当時の作品群が持っていたエネルギー、つまりプログラムピクチャーという枠組みの中で、任侠からの流れを汲みつつ反逆するように生み出された時代的土壌の上で、例えば深作であれば戦争を通した個人史からこみあげる怒りと生を刹那に爆発させたような、そんなエネルギーは再現のしようもないのであって、それなのに表面だけ掬ってみたところで、それはしょせん、表面的にしかならないからである。また1974年生まれの白石監督は過去にも犯罪映画を扱ってはいるが、どれも部外者側から問いただす視点によって善悪の彼岸を彷徨う者の物語としており、それは東映実録路線が持っていた内側から沸き起こる生のエネルギーや怒りとは別物なのだから、やはり表面的なオマージュをしても食い違いが起こるのは必然であろう。



勿論、白石監督作の特性自体を批判するのではない。そもそもそんな性質の違いなどは百も承知であるがゆえに、『県警対組織暴力』とは違う方向へと舵取りをして松坂桃李の物語としたのだろうし、またその内側から一歩引いた部外者的視点が功を奏している部分もある。例えば『凶悪』でも印象的であった拷問シーンの暴力性は画面を活劇的に捌くタイプとは違うからこその魅力なのだろうし、死体の破損具合をきちんと見せる残虐性も同様であって、これらは勿論サービスではあるのだが、一歩引いた視点によって、残虐性はより際立つと言えるだろう。そして阿部純子演じる薬局屋の娘の立ち位置は部外者としての物語を一層引き立てるキャラクターとして大変魅力的であり、これは素直に面白いと思えた。
ちなみに役者といえば役所広司演じる大上は流石の存在感であって、その身振り手振りに口調といった行動すべてが彼の存在を示しており、それ故に素晴らしい。だからもし本作を実録的、もしくはその徒花とするのであればこの男を主役をするべきであって、それはそれでおそらく面白い作品になったのであろうが、しかし本作はあくまでも警察の映画であることの行儀を選びつつ、かつて居た男たちから、これからの男たちへの継承を描いているわけであって、それ自体が問題であるというつもりは、もちろんない。



ただし、そういった方針だけでは看破できない問題も抱えている。中でも気になるのは感傷的になりすぎているということだ。最たる例が、ある人物の抱えていた真相を知るに至る終盤の展開で、一つ一つのシークエンスが説明的で長すぎる。残されたものへの継承として時間を割いて描こうというのであればそれはわからないでもないのだが、それにしても養豚場とアパートの一室はどちらも1人真実を見つけて泣き腫らすという内容であって、実のところやっていることにさほど差はないくせに近い時間の内に繰り返し見せられるのだから当然面白味はないし、しかもそのシーン自体がくどく長い。この継承という行為は本作において最もキーとなる場面でなければならないのに、いやむしろそうであるがゆえに力が入りすぎたのか、いずれにしても結果としてグダついているのが非常にもったいない。また言語の応酬による画面のテンポが生まれていないこと、そしてキャラクターを一見の個性以上に利用できていない弱さも気になるところであって、これは多少、実録路線の高い脚本・技術・演出力と比較すると、という内容も含んではいるが、そうでなくても弱いなと思わされる。



繰り返しになってしまうが本作はその芯と実録路線の表面的オマージュとの間の食い違いによってちぐはぐな作品になってしまっており、鑑みるに、『アウトレイジ』シリーズが『仁義なき戦い』の先に虚無感を捉えてやくざ=警察映画の特異点となったのは流石であると思わざるを得ない。ただ一見東映の正当な継承者として振る舞っている『孤狼の血』は、むしろ実録と別の地平で新しい魅力を切り開こうとしていたわけで、そのためにまずは、敬意をもって過去に筋を通したと考えた方が良いだろう。それは義理堅く真面目で真摯な姿勢かつ丁寧に、つまり行儀がよすぎる形で行われたわけだけれども、ならば「アウトロー東映」として真価が問われるのはおそらく制作の決定している2作目となるはずなので、今はそれに期待して楽しみに待っていようと思う。

孤狼の血 (角川文庫)

孤狼の血 (角川文庫)