リンゴ爆弾でさようなら

91年生まれ。新作を中心に映画の感想を書きます。旧作の感想はよほど面白かったか、気分が向いたら書きます。

『コズモポリス』を見た。

非対称な俺の前立腺のせいで世界がやばい
デヴィット・クローネンバーグ監督最新作です。クローネンバーグ作品を劇場で鑑賞するのは初めてですね。作品の全てを見ているわけではありませんが、僕が見たものはどれも好きなので、期待して見に行きました。主演は『トワイライト』でおなじみロバート・パティンソン

若くして巨万の富を築き上げた青年投資家のエリック(ロバート・パティンソン)。彼は、自身の保有するハイテク機器のそろった白いリムジンをオフィス代わりにし、車の中で金を動かし、食事をし、健康管理をし、排泄すらも全て車の中で済ませていた。ある日、エリックは2マイル先の床屋へ行くためリムジンへ乗ったが、大統領訪問とデモの影響を受けて大渋滞に巻き込まれる。全く前へ進まない中、あくまでリムジンで床屋へ行くことにこだわるエリックだが、彼のもとには刻一刻と破滅が迫っているのであった・・・

本作は全編ほぼリムジンの内部で展開する。リムジンに様々な客人が訪れ、意味不明な会話をし、去っていく。限定された空間の中で、膨大な量の会話が繰り広げられる本作は会話劇であると言えるだろう。ただ、先述したようにその会話の内容がまるで意味不明なのだ。単に会話がかみ合ってないだけの場面もあれば、そもそも何について話しているのかよくわからない場面もある。そんな調子の会話シーンが延々と続く淡々とした映画であるため、見終わった直後の感想は正直「はぁ?」という感じであった。



細かい会話は意味不明でも大筋で本作をまとめるとすると、「若くして億万長者となった男の破滅」「資本主義の崩壊」と言うことができると思う。それを表すように終盤、イカロスの翼についての言及もある。また、「虚無的で生の実感を失っていた男の破壊」という解釈もできる。彼が執拗にセックスや暴力を求めるのはそのためだろう。その点は『ファイト・クラブ』みたいだ。
他にも考察すれば色々面白そうな部分はある。例えば劇中何度も出てくる対称であるということについてはどうだ。中盤、エリックの前立腺は非対称であると医師に診断される。ケツに指を突っ込まれて。そのことが一体どういう問題を孕んでいるのか不明だが、エリックは不安を覚える。映画後半、ついに床屋にたどり着いたエリックは髪を切るも、半分だけしか切らず非対称となる。また暴漢に襲われて顔半分にはクリームがついた状態にもなる。ラスト、エリック最後の問答者となるのは、無職で禿げあがった不細工な男だ。これもエリックとは非対称的な存在である。演じるのはポール・ジアマッティ。また、婚約者であるエリーズともその関係が見られるように思う。彼女は元々大富豪の生まれであり、エリックとは非対称的な存在であるとわかる(エリックが安い飯屋を好んだり、ヒップホップを愛聴していたり、町の床屋に幼いころ通っていたという事から、エリックが元々お金持ちではなかったことから想像できるだろう)。それに、初めて画面にエリーズが登場するときも、彼女はタクシーに乗っていたではないか。均整のとれた美しい顔も、対称性を表しているようだ。
ただ、この非対称性が何を意味しているのかはイマイチ分からない。市場やリムジンや女まで、対称的で美しいものを手に入れたと思っていたエリックだが、実は内部に非対称性を抱えた人間であり、破滅は予感されていたという事なのか?「お前の人生は自己矛盾だらけだ」と言われるものそのためかもしれない。



とまあ、このように色々考えを巡らせるもの面白いけれどここはやはり監督がデヴィット・クローネンバーグであるというところに注目したい。ドロドログチャグチャなホラーテイストこそ本作にはないが、それでもやはり、本作はクローネンバーグ印の映画であった。
まず、本作の登場人物の一人と言ってもいいリムジン。機能美の結晶である車の内部で行われるセックスや排泄・・・。車の内部だけで生活が完結している姿を見ていると、このリムジンはエリックの肉体の一部になっているように見えてくる。この「機械と肉体の融合」はクローネンバーグらしいと言えるのではないか。この何とも言えない変態性。これである。冒頭、リムジンをなめるように動くカメラも、どこか官能的ではなかったか。
胎内に宿った何か(本作の場合「非対称な前立腺」)によって変質していく、というのもクローネンバーグらしい部分だと思う。非対称性についてアレコレ意味を考えるのも面白いけれど、やっぱり僕が見ていて興味深いのはこの「らしさ」の部分だ。機械や前立腺は、脳内・体内と現実がごっちゃになっていくという、いつものクローネンバーグらしい感じなのだ。
また、この映画のラストにもクローネンバーグらしさが見れる。エリックはなすすべもなく崩壊への道を進んでいく。そして最後には死が待ち受けていた。しかし、それは悲劇的ではない。むしろ解放だ。ラスト、均整のとれたリムジン内部からはほど遠い汚らしい部屋の中で彼は自由を実感していた。リムジンという守られた世界の中から飛び出し、新しい生を実感した時、人は一度死を迎える。これは非常に『ビデオドローム』らしいではないかと僕は思った。



というわけで、良くわからない混沌の世界に突き落としながら、クローネンバーグらしい変態性の中へと引きずりこんでいくような映画だったと思う。見ている最中は「???」の連続だが、後々考えると色々と変態的な何かが見えてくる映画で、しかも「???」とは言いつつも、セリフやカット割り、構図の力ゆえか、不思議と退屈はしない。傑作!と大きな声で言うことはまだできないが、どんどんこの映画を好きに、というかハマっていくような感覚。クローネンバーグファンなら必見だろう。

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