リンゴ爆弾でさようなら

91年生まれ。新作を中心に映画の感想を書きます。旧作の感想はよほど面白かったか、気分が向いたら書きます。

『オンリー・ゴッド』を見た。

バンコク流れ者
『ドライブ』(2011)が高い評価を得たニコラス・ウィンディング・レフン監督の最新作。タイ・バンコクを舞台にした作品で、主演は『ドライブ』に引き続きライアン・ゴズリング。第66回カンヌ国際映画祭では、激しい賛否両論を巻き起こした。


バンコクでボクシングジムを経営し、その裏で麻薬ビジネスにも手を出しているビリーとジュリアン(ライアン・ゴズリング)の兄弟。そのうち、兄のビリーがある日、売春婦を殺してしまい、報復として売春婦の父親に頭を砕かれ殺されてしまう。ジュリアンはすぐに報復しかえすための行動に出るが、売春婦の父親から真実を聞かされ、彼に赦しを与える。実はビリーが殺された現場にはチャン(ヴァタヤ・パンスリンガム)という元警官もおり、その男の指示によってビリーは殺されたのだ。事態を知った2人の兄弟の母親(クリスティン・スコット・トーマス)はすぐに売春婦の父親と警官を殺すよう、ジュリアンの仕事仲間に言いつけるが・・・

『ドライブ』は一部で熱狂的なファンを生んだ作品ではあるが、個人的にはあまり好ましい映画ではなかった。良いところもあるけれど、妙に気障ったらしいカッコつけが鼻持ちならず、どちらかというと嫌いな作品だった。後に、こちらもまた評価の高い『ブロンソン』を見て、確かにこれはなかなか面白いと思えたものの、やはり今一つ作品にのれず、この監督とは合わないんだろうなと思っていた。
それでもこの『オンリー・ゴッド』を見たのは、単に時間が空いていたからという理由。もちろん、好き嫌いはどうであれ一風変わった作品が見れればそれはそれで面白いかとは思っていたけど、さして期待もせずにフラっと見に行ったのである。



それで、結論から言うと、これが無茶無茶面白かったのだ。



なんといっても画面の魅力。これである。作りこまれた画面に陶酔していくような感覚。それが最高なのだ。暗い影と、赤青黄や時に白といったどぎつい色で彩られたセットにネオン。左右対称や一点透視図法的な構図。唐突な場面転換。謎の編集。登場人物の不自然な立ち位置。ディナー用テーブルに置かれた食器の謎配置。強烈なバイオレンス。会話シーンにおける切り返し。現実なのかもよくわからないシーン。タイの街並みをスタスタと歩いていく移動ショット・・・。つまりこの『オンリー・ゴッド』は、監督が好きだと公言している鈴木清順(特に『東京流れ者』『殺しの烙印』あたりか)を筆頭に、キューブリック、デヴィット・リンチ、北野武などの要素をごちゃまぜにした作品だ。そしてこれはもはやスタイリッシュだのといったものではなく、ヘンテコの域に達しているのである。
とはいえ、こういった映画的な記憶を引用した画面作りは、映画ファンへの目配せやオマージュとしてなされているだけではない。まずはそれ自体で美しいと思わせるという意味もあるし、例えば赤い照明は暴力性を想起させる色として使われている、と思う。全体に誇張された映像表現は、現実を誇張させるための虚構なのであろう。
本作の撮影はラリー・スミス。『バリー・リンドン』の頃からキューブリックに師事し『シャイニング』に携わり、『アイズ・ワイド・シャット』では撮影を務めている。廊下のシーンが何度か本作には出てくるが、そこが妙にホラーっぽいのも(音楽もそうなんだけど)、なるほどという感じである。
ちなみに、この映画では殺しなど暴力的なことが起こる際に登場人物は左から右へと移動している・・・とはじめは思ったのだが、序盤は確かにそうなんだけど、途中から別にそういう感じでもなくなる。移動ショットが多く、何かあるのかもしれないが、その辺はよくわからない。



画面構成の他の特徴としては、全体に台詞が極端に少ないことであろう。説明的な台詞などというものはすっ飛ばしており、画面で魅せていく映画なのである。とはいえ、物語やテーマなどがないわけではもちろんない。本作は『Only God Forgives』というタイトル(原題)が示すように、神の赦しの物語であり、母の愛を受けようとする物語でもある。以下ネタバレ含む。
本作において赦しを与える神とは、チャンである。チャンは罪を犯した者に罰を与え、そのあとにカラオケで一曲歌う。自分の家族が死んだときに復讐を望むのは自然に思えるが、チャンの行動は不自然だ。そもそも、彼が何物なのかもこの映画ではよくわからない。しかし、それは致し方ないのだ。なぜなら彼は神だからである。もし神が降臨したら、人間はそれを受け入れるしかないからである。彼がカラオケを歌うとき、聴衆は黙ってそれを聞いている。まさにそれは、神の降臨を黙って受け入れるしかない人間との関係性そのものだ。
一方、ジュリアンは母にとらわれている。当の母は「あんたホント頼りにならないわね。兄の方がチンコでかかったし」ととんでもないことを言い放つが、しかしジュリアンはマザコンであるがゆえに、タイの美女(ラター・ポーガーム)と行為に及ぶことも叶わず、母の愛を求めて行動する。
本作でジュリアンは、拳を握ったり殴りあったり、手を差し出したり差し入れたり、また父を素手で殺したことが語られたりと、手に関する動作が繰り返されている。そのジュリアンが最後にとる行動は、母の愛を超えて、神の愛を自ら求める男として存在することを意味していると思う。一人の哀れな男は、タイという土地で理不尽と思える経験と肉体的な痛みを経ることにより、敬虔な存在となったのである。これはギリシア神話から見られる、プリミティブな宗教的体験と言えるように思う。



というわけで、非常に象徴性の高い物語ではあるが、何よりその画面のヘンテコっぷりとが最高な作品だった。別に神がどうのこうのとかじゃなくて、きっちりキマった画面構成の中で理不尽が暴れまわり、バイオレンスや変態を披露するってだけで最高じゃないないだろうか。これは今年のベストテンにおそらくは入れる作品だろう。最初に書いたように、僕は『ドライブ』を評価していない人間なので、もしあの作品が合わなかったからと言ってこれもダメかと言うとそうではないし、あちらが好きでもこちらはダメという人がいてもおかしくない。というか、後者の方が多いのではないか。賛否色々あるとは思うけれど、冒頭で書いたように、やはり自分の目で確かめてみなければわからない。個人的には超お勧めの作品であった。

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