リンゴ爆弾でさようなら

91年生まれ。新作を中心に映画の感想を書きます。旧作の感想はよほど面白かったか、気分が向いたら書きます。

『ゼロ・ダーク・サーティ』を見た。

働くお姉さんとワーカホリックについて
ハート・ロッカー』でアカデミー賞を受賞したキャスリン・ビグロー監督最新作です。第85回アカデミー賞では作品賞、主演女優賞、編集賞脚本賞、音響編集賞にノミネートされ、そのうち音響編集賞を受賞しました。


アメリ同時多発テロ後、CIAは首謀者と思われるオサマ・ビン・ラディンを追い続けていたが、有力な手掛かりをつかめないでいた。そんな中、女性捜査官マヤ(ジェシカ・チャステイン)がパキスタン支局に派遣されてくる。捕虜への拷問・尋問ビン・ラディンとつながる有力な人物の手がかりをマヤは掴むが、確実な情報を得ることができず、長い戦いの中で仲間は疲弊し、そして殺されていく。マヤはビン・ラディンの居場所を突き止めることに更なる執念を燃やすが・・・

160分近く上映時間があるうえに、リアルかつハードな描写満載で、緊張感の途切れることのない、非常に疲れる映画でした。冒頭の拷問シーンからしてなかなかハードで、その後も“敵の姿が見えない”という事を最大限に生かした映像を味あわせてくれる。「ここでそう来るか!」という瞬間的な衝撃から「いつ来る?いつ来る?」という持続的な緊張まで、なかなか気分を緩めることができない。
また160分という長い時間が非常に効果的だと思います。いつまでたっても見つからない標的。その中でこなしていく仕事に対しての嫌悪感。どんどん殺されていく仲間。もちろん、自分の命も危うくなる・・・。派手な戦闘場面はほとんどないのに全編ヒリヒリする緊張感に包まれているのは、この焦燥感・疲労感が根底にあるからだと思います。
そしてクライマックスである、ビン・ラディンと思われる人物が潜伏していると思われる場所へ突入する場面。ここは非常にリアルに感じられました。プロフェッショナル感と混乱に溢れているんですよね。意外なほどあっけない最後も含め、多分こんな風だっただろうなと思わせます。ちなみに、ステルス搭載のブラックホークや4つ目の暗視ゴーグルなど、ガジェットの面白さもあるのがうれしい。



物語の方はというと、「怪物と戦う者は、その過程で自分自身も怪物になることのないように気をつけなくてはならない」とはニーチェの言葉ですが、まさにそのような映画でした。ビン・ラディンを捕まえるという信念が執念に変わり、飲みこまれていく女性の様を本作は冷静に描いていく。内面を描いてはいても過度にドラマを語りはせず、一定の距離を保つ。
マヤは長い年月仕事に没頭してきた。何か心休まるような余暇を過ごしている姿はない。仲良くしていた職場の同僚は殺されてしまうし、彼氏もいないという。ある件以来、食事すらゆっくりとれていなさそうだ。そんな心休まる瞬間のない彼女は、期待外れの事実と見たくもない真実に振り回されまくった結果、執念の鬼と化していく。初めは目をそらしていた拷問すら厭わず、ただひたすらに見えない敵を追う。



この映画のラストは監督のキャスリン・ビグロー監督の前作『ハート・ロッカー』と比べてみると面白いと思いました。『ハート・ロッカー』では、爆弾を解体できず目の前で人の死を目撃した爆弾解体班の男が、一度は家族の元へ戻るも、自分の居場所としてもう1度戦場に戻ることを選択し、映画は終わる。
しかし、本作では長年全ての力を注いできた仕事を、ついに完遂した女性が途方に暮れるところで映画は終わる。輸送機に乗せられたマヤに、パイロットは「どこに行く?」と聞きます。しかし、マヤはそれに答えることができない。ビン・ラディンの恐怖は、いつの間にか彼女の人生を縛っていた。その男の暗殺のためだけに生きていた。では、その目的を達成してしまったら、どうしていいのか。輸送機の扉が閉まり、その中に一人でいる彼女の姿は、牢の中に囚われているように見える。これは『ハート・ロッカー』のその先にある、より冷たい視線の物語だと思います。
そしてそんなマヤの姿はアメリカそのものとも重なる。テロとの戦いを標榜し、多くの人が死に、その中で何を得て、何を失ったのか。ビンラディン一人が死んだところで、一体アメリカにとって何だというのだろう。この映画は答えを出すわけではない。「それで、どう思う?」と問いかけだけ残す。徹底して誰にも寄り添わず、ドラマ性も排除した物語は、疑問だけを突きつけ終わる。



アメリカによるアメリカという国の現在についての映画ではありますが、政治的な意図を感じるような作品ではありません。宗教批判でも(上司にムスリムがいる)、ましてや国威発揚映画では、まるでない。ただただ、冷静に見つめる映画です。もしアメリカやら国同士の問題なんて興味ないのであれば、<仕事と人生>についての物語としてみるとまた面白いと思いますし、男社会の中で最も男らしくふるまうことで、成功を勝ち取っていく女性の姿をこの映画に見ることもできます(そしてそれは監督自身と重なる気も)。そういうわけで、色々な視点で楽しめ、考えさせられる、非常に面白い映画でした。