リンゴ爆弾でさようなら

91年生まれ。新作を中心に映画の感想を書きます。旧作の感想はよほど面白かったか、気分が向いたら書きます。

『アデル ブルーは熱い色』を見た。

ハートに青の火をつけて
第66回カンヌ国際映画祭において最高賞パルム・ドールを受賞した作品。受賞は監督のアブデラティフ・ケシシュだけでなく、史上初めて主演女優の2人にも送られた。原作はジュリー・マロによるフランスノグラフィック・ノベルである『ブルーは熱い色』。


女子高生のアデル(アデル・エグザルコプロス)は、ある日道ですれ違った青い髪の女性に心奪われてしまう。その女性を夢で見るようになってしまったアデルの生活は、あるときバーで彼女を見つけたことにより一変することになる。その女性は画家志望で、エマ(レア・セドゥ)という名前だと知った。ほどなくして二人は恋に落ちるのだが・・・

面白い偶然がある。『L'inconnu du lac』というゲイの映画がカイエ・デュ・シネマ紙において昨年のベスト1に選ばれ、またカンヌ国際映画祭ではレズビアンを描いた本作が、パルム・ドールの受賞となったのだ。奇しくも、昨年フランスでは同性婚が合法となっている。もちろん、同性愛の映画など珍しいわけでもないし、これを指して同性愛に対する意識が高まっていると言うのは早計だろう。しかし、無関係とも言い切れないような気が、僕にはする。
そしてまた面白いのが、『アデル ブルーは熱い色』は同性愛を描いているとはいえ、それを偏見や差別に苦しむ愛としては描いていないところだ。愛を、幾多の障害を乗り越えるドラマチックなものとしてではなく、食事や睡眠と同じ、生そのものに寄り添う感情として描くのだ。3時間という長尺に長く生々しい性描写はそのための仕掛けであろう。
顔・肌のアップというのが本作の特徴にあるが、それもまた感情に寄り添うための仕掛けだ。表情や息遣い、肌の質感に粘膜の音といった表面に出るものはもちろん、登場人物の内面までこの映画では写しだそうとしている。そんなこだわりはもはや「この感情は一体何か」「この感情を焼き付けてやる」という執念にも思える。
カメラはその執念をアップによってだけではなく、視線でも語ろうとする。本作では第三者ではなく、例えばエマを見るアデルの視線というように、特定できる個人の視点としてカメラが多く使われているように思う。それによって観客は、一体今誰がどういう気持ちでどこを見ているのかという事を認識し、感情の揺れを、目で追体験することになるのだ。目で伝えるということでは、「青」の使い方も見逃せない。それは一目ぼれした髪の色であり、着る服の色であり、ベッドシーツであり、海の色であり、心に燃え上がり消えていく最も熱い色であるのだ。言葉による説明がなくても、その「青」が何より雄弁に映画を語っている。



映像面だけでなく、セリフからでもこの映画は色々語りやすい作品だと僕は思う。例えば実存主義哲学に登場人物たちが読む文学作品、それに絵画からキャラクターやドラマを語ることもできるだろう。また、アデルとエマの食事風景や家族、社会的立場や価値観の違いから彼女たちの崩壊について述べることもできる。だが、僕にはどうも、次のことが引っ掛かった。
エマとアデルが出会うバーで、アメリカ映画をよく見るというアデルはエマに聞かれ、好きな監督について話すのだが、そこでエマは、スコセッシとキューブリックの名前を出す。これが、僕には意外に思えた。確かに二人とも有名監督だが、特にスコセッシの名前は、アデルにしては意外に思えたのだ。これが脚本なのかアドリブなのかまでは調べられなかったが、少しこれについて妄想を巡らせてみる。
スコセッシはいくつかの作品において芸術家の恋について描いている。例えば『アビエイター』や『ライフ・レッスン』、中でも『ニューヨーク・ニューヨーク』では、それを描くことが主眼だったとスコセッシはインタビューで述べている。本作も同様に、芸術家同士の恋を描いている。エマは画家なので当然であるが、アデルについては、監督が次のような旨の発言をしている。「私生活に対処しつつ天職に生きる教師たちの姿に感動し、その要素を盛り込んだ」この教師の姿について、ケシシュ監督は「真のアーティスト」と述べており、つまりエマと同じくアデルもまた、アーティスト的人物であると言えるように思う。異なる才能と、異なる才能に対する考え方を持ったアーティスト同士の恋をこの作品が描いていることと、そしてスコセッシという名前の登場に、妄想とはいえ僕は面白さを感じたのだ。



しかしアーティストの愛もなんと平凡なことか。異色作や衝撃作ともみなされるこの映画は、むしろ平凡で満ちているとすら言えるが、それこそこの映画の成功している点だろう。永遠と思える愛も一時のくだらない感情により終わり、別れの後には昨日と同じようで確かに違う人生が続き、その中で新たな出会いもある。そんなどこにでもある、いかにも平凡な感情をこの映画は確かな演出で追体験させた。正直スケベ心を興して見に行ったのだが、ふとラストシーンの後を想像してしまうくらいには、心に残る作品となった。

クスクス粒の秘密  [DVD]

クスクス粒の秘密 [DVD]