リンゴ爆弾でさようなら

91年生まれ。新作を中心に映画の感想を書きます。旧作の感想はよほど面白かったか、気分が向いたら書きます。

最近見た旧作の感想その14

『軍旗はためく下に』(1972)
深作欣二監督は学徒として戦争に参加し、終戦間際艦砲射撃に怯え、翌日バラバラになった死体を始末するという経験を持つという。水戸で終戦を迎えると、国はがらりと方針を変え、それにより、国と、大人に対する不信感を募らせた。深作欣二監督作品の根底には、この思いが流れている。特にこの『軍旗はためく下に』は、戦争というものにメスを入れるような作品であり、より強くそのことがわかるように思う。
戦争未亡人であるサキエ(左幸子)は、戦没者遺族援護法の施行により遺族年金請求を出すも、却下されてしまう。夫である富樫軍曹(丹波哲郎)の死亡理由が、敵前逃亡による処刑であったからだ。しかし、サキエは納得しなかった。敵前逃亡にしても、軍法会議にしても、事実が明確にはなっていなかったからだ。一度却下されてからも長年真実を追求してきたサキエは、ある日夫が所属していた部隊の生存者の手がかりをつかむ。藁にもすがる思いで4人の生存者に会うサキエだが、富樫軍曹に関する証言は、それぞれ食い違うものであった。
カメラは手持ちでよく動き、ロケ撮影も相まってまるでドキュメンタリー映画のようだ。冒頭に当時の様子を伝える写真を映し出すのも、この作品をどう伝えたいかという思いが見える気もする。カメラマンはドキュメンタリー映画を手掛ける瀬川浩。カラーだが重苦しい雰囲気ののしかかる現代と、モノクロで、しかし時に鮮烈に戦場の残酷さを映し出す過去のパートを、巧く分けて見せていたように思う。
そんな映像の力にも目を見張るが、物語の力も無視できない。戦場という地獄が、その地を潜り抜けてきた者たちによってだんだんと浮き彫りになる「藪の中」的構成に加え、そこで「夫はなぜ死んだのか」というサスペンス・謎解きの要素も絡んでくるために、本作は物語の吸引力がまず強いと思う。脚本は新藤兼人。とはいえ、「藪の中」の手法を使うのは深作欣二のアイデアによるものらしい。
そんな構成の中で語られるエピソードの数々も強烈だ。この作品は、一見反戦映画のようであり、事実その側面は確かに強いのではあるが、しかし、描こうとしたのは戦場という死と不条理の地獄についてであろう。妻は謎が明らかにしようとする過程で、より深い闇の中へと入っていることとなる。見て近いなと思ったのは、市川崑監督の『野火』である。
様々な視点から戦場を語る復員兵の中で、最も印象的なのは三谷昇演じる養豚業を営む男である。発展していく日本ではなく、焼跡にこそ安堵を感じるこのキャラクターは『狼と豚と人間』でいうところの三國連太郎と同じような立場であり、後の深作作品にも通じる性格を持っているのではないだろうか。
国を弾劾するということではなく、大きな時代の中に飲み込まれた者たちをこの映画は描く。ただし、その犠牲者は戦地に行った者だけではない。左幸子演じる妻が、波押し寄せる海辺で帰らぬ夫の名を叫びながら身を悶えさせる場面。メタファーとしてはやりすぎな気もするが、ほんの少ししか一緒にはいられなかった夫のことを強く想っているのがよくわかる。彼女も戦争という大きな時代に巻き込まれた一人だ。
残念なことに、この映画はDVD化されていない。何故出ていないのかは知る由もないが、戦争体験のある方がどんどん亡くなっていく中、こういう作品は後に残していくべきだと思う。深作欣二ファンのみならず、映画ファンであれば必見の作品であり、時代の証言としても、価値のある一本だと思った。東宝はすぎにDVD販売するべきだろう。

映画監督 深作欣二

映画監督 深作欣二