リンゴ爆弾でさようなら

91年生まれ。新作を中心に映画の感想を書きます。旧作の感想はよほど面白かったか、気分が向いたら書きます。

最近見た旧作の感想その20

ハンテッド(2003)
ウィリアム・フリードキン監督による、ナイフ一本で殺し合う男たちの、戦いの映画である。他には何もない。二匹の獣が殺しあう。それだけである。状況に合わせ、的確に相手の体めがけ彼らはナイフを突き立てる。痛みの伴う描写の数々は凄まじく、鬼気迫る映像は彼らが本気で殺し合っているのだと思わせる。
その獣たちを演じるのは、ベニチオ・デル・トロトミー・リー・ジョーンズ。戦争で成果を上げたが行方不明になった兵士と、その兵士を育て上げた教官である。このキャラクターたちについて、深い説明はない。例えばベニチオ・デル・トロには家族がいるらしいが、それはほとんど話に関わってこない。トミー・リー・ジョーンズはナイフ格闘のプロフェッショナルでありながら、未だ人を殺したことがない。人を殺すためだけの技術を教え込まれた兵士と、教え込むだけ教え込んで自らは危険から遠ざっていた男。この要素を通して、この映画は戦争の狂気と良心の破壊、そしてその責任について描いたのだと言う事もできるかもしれない。それは例えば、『ランボー』のように。
もしくは、アブラハムとイサクの説話を当てはめて語ることもできるだろう。度々登場する俯瞰カメラを神の視点といえるかもしれないし、肉体のみの時代に立ち返ったような終盤の戦いをこの説話を当てはめてみるのも、確かに面白い。エンディングで流れるジョニー・キャッシュの「The Man Comes Around」も意味深だ。神が降りてきたら、一体誰が許されるのか。
それらは確かに本作で描かれていることではある。しかし、監督が本当にそんなメッセージを託したかは疑問だ。その理由として、女性FBI捜査官の描き方がある。彼女は慕っていた上司や同僚を次々と殺され、復讐の念を抱く。だが結局、最後まで彼女が二人の獣の間に割って入ることはない。話は全て、彼女が立ち入る隙のない世界で終わってしまう。
ではその世界とは何か。狂気である。一本のナイフで、ただただ人を殺すためだけの技術に従い、獲物を狩る世界。言葉を要しない世界に彼女が入ることはなく、最後まで傍観者でいるしかない。これは『フレンチ・コネクション』だ。『L.A.大捜査線/狼たちの街』だ。つまり、フリードキン的世界だ。やはりその狂気こそ、この映画は描こうとしていたのではないか。
もしくは本当に、この社会に対しフリードキンは憤りと無力感を感じていたのかもしれない。しかしそれは、『キラー・ジョー』においてはもはや「もう知るか!勝手にやってろ!」という放置に変容してしまった。そう考えると、本作はまだまだ人道的な映画であったとも言えるのかもしれない。
殺し合いシーンが緊迫したものであるとは既に書いたが、お馴染みのカーチェイスや街中でのかくれんぼなど、随所で演出が冴えている点も見逃せない。タイトル通り、全編「狩り」にまつわる話で彩られた(空港で子供たちが興じる遊びですら)素晴らしく無駄のないアクション映画。これは予想外に面白かった。未見の方は是非。

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