リンゴ爆弾でさようなら

91年生まれ。新作を中心に映画の感想を書きます。旧作の感想はよほど面白かったか、気分が向いたら書きます。

最近見た新作の感想その2

『Killer Joe』巨匠ウィリアム・フリードキン監督最新作・・・なのにDVDスルーというひどい扱いを受けた作品。実は今年一番最初に見た映画なのだけど、感想書くのをすっかり忘れていた。
アメリカ南部。そこにはある馬鹿一家が住んでいた。その一家は保険金目当てに母親を殺すという計画を立てるのだが、その計画があまりにずさんすぎるので仕事を依頼された殺し屋ジョーも呆れ返る。そもそも前金も払えないんじゃ話にならんと帰ろうとしたところ、ジョーは一家最年少の少女に目をつける。「あれを担保にしよう」。そんなわけでバカ一家とロリコンの殺し屋は手を組むことになった。
この映画はアクションでもサスペンスでもない。では何かといえば、あまりにどうしようもない人たちの、暴力的で下品な、とてつもなくブラックなコメディというのが一番ふさわしいだろうか。どいつもこいつも下種野郎且つ考えなしの馬鹿ばかりであり、映画のタッチもそれらに肩入れするわけではなく、ただありのままを映す。
ありのままといえば、ババアの陰毛があけすけに映るところから本作は始まる。直後「ババア汚ねぇな!」と罵られるわけだが、映画のオープニングとはこうありたいという、これは一つの答えなのかもしれない。そして後半はだんだん予測不能のマッドショーへと突入し、因果応報だのテーマ性だのを振り切った極致で切れ味鋭い終わりを迎える。前作『BUG』も相当なものだったが、こちらは更に吹っ切れて冷たく人は愚かだと笑っているようである。
ウィリアム・フリードキンは今年で78歳らしい。本作で見せる凄まじいフライドチキンの使い方からは想像できない高齢だが、オープニングからラストまで「馬鹿どもが」と吐き捨てるようなタッチは、ある意味老境故なのかもしれない。最後に、馬鹿と変態しか登場しない映画の中で、とてもカッコいい撮影を見せるのはキャレブ・デシャネル。この人は今年トム・クルーズの『アウトロー』も担当しており、あちらも夜のシーンに色気を漂わせていたなぁなどと思ったのであった。

↑スナイパーは一人も出てこないのに『キラー・スナイパー』という南部の馬鹿もビックリのタイトルでレンタル中



奪命金ジョニー・トー監督最新作。複数の主役を通し、ギリシア危機に伴う香港経済の動きと金に振り回される人間たちを描く異色作。
投資商品のセールスがうまくいかない女性銀行員。昔気質で良いやつだけど馬鹿すれすれ下っ端ヤクザ。貧乏人の犯罪に振り回され更に妻がマンションの購入を決めたがゆえに大変なことになる刑事。この3人を中心に物語は進んでいく。初め物語はバラバラに進むが、だんだんとそれらが繋がっていき、そして最後には一本の線に・・・というような安易なことはせず、うまくすれ違いながら物語はそれぞれの結論を迎える。
見ていてもっともつらいのは銀行員のエピソードだろう。彼女はノルマ達成のため、詳細をよくわかってない相手にも商品を売らなければいけなくなる。騙すわけではないけど、どうも良心の呵責を感じつつも売らなければいけない姿であるとか、隣の個室では同僚が客相手にうまく喋れているのに自分は全くできていない姿であるとか、どれもこれも心が痛むものばかりで、雇われる側のつらさを凝縮させたようなエピソードなんだろうなと思った。
ラウ・チンワン萌えについても書かないわけにはいかない。良いやつだけど馬鹿。そんなやくざの下っ端を演じる姿が何ともおかしくてかわいい。兄貴分を釈放させるために古紙回収業者のところまで駆けずり回り金を工面するも、その兄貴分には割と見下されてる感じとか、もうね。可愛いなこのやろう。その後も色々とあった挙句に「上がり下がり上がり下がり・・・」と書かれた紙を取り出すシーンは感心&興奮した。刑事のエピソードは他2つに比べると弱いようにも感じるが、『ドリーム・ホーム』(2010)を思い出させる内容で、見比べてみると良いかもしれない。
金融に詳しくなくても問題はなく、スリリングな展開と練られた脚本、そして応援したくなるキャラクターたちによって十分に楽しめる映画ではあるが、やはりジョニー・トーの映画といえばクールな男たちの映画というものを期待してしまう。面白いけれど、ジョニー・トー作品の中でも必見かと言われれば、そんなことはないかな、という作品であった。



『偽りなき者』
※ネタバレトマス・ヴィンターベア監督のデンマーク映画デンマークの小さな村で幼稚園の先生として働くルーカスは、親友の娘クララがついたちょっとした嘘により変態の烙印を押されてしまう。潔白を証明しようとするも村八分にされてしまい、周囲からの憎悪の目は日に日に強くなっていく。という物語。主演は『007 カジノ・ロワイヤル』で敵役ル・シッフルを演じたマッツ・ミケルセン
ある少女がふとついてしまった嘘から物語は始まり、それは次第に拡大解釈されながら広がってゆく。恐ろしいのは思い込みだ。「子供は嘘をつかない」という思い込みに、「あまりの恐ろしさに少女は発言を取り消すこともある」という専門家の発言によって、一度かけられた疑いはまず晴れることがない。じわじわと首を絞められるような感覚を味あわせるのがうまく、「もしこうなったらどうしよう・・・」と思わせるが、同時に加害者側になりえる怖さも感じ取ることができると思う。冬の厳しさを感じさせる風景も、この映画の苦しい雰囲気を醸し出すのに一役買っていた。
言葉から始まる映画ではあるが、映画は次第に視線で語りかけるようになるのが面白い。ルーカスの目が感情を語り、登場人物に、そして我々に突き刺さるのだ。また、一応は疑いの晴れたように思えたルーカルに、皆が挨拶を交わすシーンがある。しかし、そこでは視線が合っているようで合っていない者もいるし、すぐにそらす者もいる。かつての姿はもう戻らないのだと、視線が伝えているように思った。
本作の原題は『Jagten』。日本語訳すると「狩り」らしい。誰が狩るもので誰が狩られるのかは、見方によって如何様にも変わる。それを象徴するラストシーンは誰が撃ったのか不明だが(僕の予想だと、あれはクララの兄だろう。そうなると、彼のせいでクララはあんな嘘をついたというのに・・・という皮肉も効く)、とにかく彼はもうその世界から逃れられないのだ。色々と難しい問題を含む映画だが、それでもクララを恨んだりしないマーカスの優しさや、どんな状況でもマーカスを信じてくれる人の存在が救いである。

偽りなき者 [DVD]

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