リンゴ爆弾でさようなら

91年生まれ。新作を中心に映画の感想を書きます。旧作の感想はよほど面白かったか、気分が向いたら書きます。

『奇跡のリンゴ』を見た。

狂人の狂人による狂人のためのリンゴ
絶対に不可能と言われた無農薬リンゴの栽培を成功させた木村秋則氏の実話を映画化した作品。フィレンツェ映画祭(初耳の映画祭だ)で観客賞を受賞したそうです。主演は阿部サダオと菅野美穂。監督は中村義洋


青森県のリンゴ農家に生まれた木村秋則(阿部サダヲ)はリンゴ農家の娘・美栄子(菅野美穂)とお見合い結婚をし婿入りする。美栄子の父・征治(山崎努)と共にリンゴの栽培に精を出す秋則であったが、美栄子は栽培に不可欠な農薬に対してアレルギー反応を起こしてしまう。妻のため無農薬リンゴの栽培を目指す秋則であったが、周囲の目は冷たく、また、何年たっても成功しない一家は貧困に苦しめられ・・・。

別に悪い映画ではないと思う。特に演技は、過剰気味だったり安っぽくなってしまっている演出をカバーしている部分もあって良い。山崎努は流石の一言だし、菅野美穂も「〜だぁ!」とか変に訛るナレーションを除けば巧い。阿部サダヲは、その特徴でもある過剰さと少年っぽさが似合ってはいるかなと思った。
しかしこの映画、一つ重大な問題があって、それはこの映画が、宣伝で言われているような、果てしなき挑戦とそれを支える美しき夫婦愛を描いた「感動の実話」などと言えるものではない、という点である。



秋則はとにかく「解体」するのが好きな少年だった。おもちゃだろうがテレビだろうが、触れるものみなバラしてた。ジョジョ6部のアナスイみたいな奴である。少年曰く、「答え」を求めているのだという。どんなに無茶なことをして親に怒られ叩かれても、悔しいのは「答え」に辿りつかないことであった。
そんな彼が、毛嫌いしていたムダだらけの農業に携わり、農薬に過敏な妻のため無農薬リンゴの栽培を目指すこととなる。初めは順調に見えた秋則の挑戦だったが、次第にこの道は、引き返すことのできない地獄の道のりだったことに気づくのである。
初めは婿入りした農園のうち4分の1を使って実験していた秋則だが、結果が出ないと、自分はまだまだ甘い、本気で追いこんでいないからダメなんだと義父に頼み込み、すべての農園を使って無農薬に挑む。しかし、結果農園は全滅。その後何年もの間うまくいかず周囲に迷惑をかけ続ける秋則は、地獄に引きづりこまれる夢を見るようになり、だんだん虫や木に喋りかけるようになり、繋がらない電話越しに会話するようになる。



これはどう考えても狂人の物語だ。目的のために手段を選ばず、周囲の迷惑を顧みず、自分の思うまま突き進む。そんな男の物語なのだ。もちろん、そういう話だから悪いというのではない。宣伝と違うからと言って怒るような、そんなアホな真似もしない。むしろ僕は大好物の物語だしね。問題は、そんな話なのに感動話にしちゃっているところである。いや、狂人の物語は感動的ではないという事ももちろんない。しかし、それは狂人の物語を家族愛などというマイルドな言葉で包み込み、美化することで成されるものではないのだ。




栽培がうまくいかない秋則はついに自殺を決意し、山へ入る。そのことを知った美栄子はねぷた(弘前は「ねぶた」ではない)祭りの熱気の中、必死に秋則を探すのであった。その山の中で秋則は偶然リンゴの栽培方法を発見するが、注目すべきはその後である。明け方までふらふらになりながら夫を探す妻。その遠くでは、狂喜乱舞して山から下りてくる夫。駆け寄る妻。美栄子はどれだけ心配していたかを伝えようとする・・・が、すべては秋則のリンゴの話に遮られてしまう。そう、この男、明け方に自分の妻がふらふらと道を歩いていても何の気遣いや心配もないのだ。あるのは、リンゴの事ばかり。



その後は無農薬リンゴの栽培に成功し、家族みんな笑顔で映画は終わりとなるが、これは狂人の狂気が結果的に、たまたま正しい方向に実ったというだけの話だ。仮に『タクシードライバー』が「正義のヒーローの映画」と言われたら違和感を覚えるだろう。夢をあきらめないことや家族を大切にするという事は、それはそれでもちろん素晴らしいとは思う。ただ、そういう人情話と狂気は、どうにも食い合わせが悪いように見えてしまった。
ちなみに、リンゴの栽培に成功してからが妙に長い。これは感動させようとエピソードを入れ過ぎで、しかも描写が冗長なためだろうが、この辺もっとスマートにした方がいいと思う。あと、義父のエピソードは、できれば山に入る前に処理しておいたほうがスムーズに感動できたのではないか。



作品を見ていると、監督は狂気に振り切ることもできたような感じもする。「何かに狂えば答えは見つかる」と最後に言わせているくらいで、ある程度狂気に自覚的だとは思う。しかし、実在の、しかも存命の人物だからという事で、そうはできなかったのかもしれない。
とはいえ、その辺は例えば『ソーシャル・ネットワーク』のようにフィクションだから、と割り切れ場いいだけの話。だいたい、「宇宙人に拉致された」なんてことを原作者は言っており、そんな人がまともなわけないだろう、と思うのであった。振り切ってれば面白かったかもなぁ。



奇跡のリンゴ―「絶対不可能」を覆した農家 木村秋則の記録 (幻冬舎文庫)

奇跡のリンゴ―「絶対不可能」を覆した農家 木村秋則の記録 (幻冬舎文庫)


最後に、超どうでもいいのですが、久々に「ですます調」をやめてみました。どっちがいいのかちょっと悩んだので。今後どうするかは、まぁ気分で、という感じですかね。