リンゴ爆弾でさようなら

91年生まれ。新作を中心に映画の感想を書きます。旧作の感想はよほど面白かったか、気分が向いたら書きます。

『風立ちぬ』を見た。

こんな夢を見た

宮崎駿監督最新作です。監督作品としては2008年の『崖の上のポニョ』から5年ぶり。原作は宮崎駿による漫画で、実在の航空技術者である堀越二郎をモデルに、堀辰夫の小説「風立ちぬ」から発想を得ているそうです。声の出演には『新世紀エヴァンゲリオン』の監督、庵野秀明。主題歌は荒井由実の「ひこうき雲


幼いころから空に憧れていた学生堀越二郎(庵野秀明)は、関東大震災の際に菜穂子(瀧本美織)という少女と運命的に出会う。その後、飛行機の設計技師になった二郎はその技術を買われ、西洋諸国へ見学の旅に出る。そして日本に戻ってきた二郎は偶然菜穂子と再開する。二人はすぐに惹かれあい結婚の約束をするが、菜穂子は重い結核を患っており・・・

劇中、戦闘機を作った二郎に、同僚の男がこんなセリフを言います。
「こりゃアヴァンギャルドだ。思い切ったな」



いや、アヴァンギャルドなのはこの映画だよ!

というツッコミをせざるを得ない映画でしたね。ビックリしました。まさかあのポニョよりもキてる内容になっているなんて、あの予告から誰が想像したでしょう。宮崎駿という一人の老人の好きなもの、妄想、理想、そんな諸々をとにかくつぎ込んだような内容だったのではないでしょうか。
でもね、これは凄いんですよ。だって、72歳の老人が「俺の夢を見てくれ。頭の中を見てくれ。今の俺自身を見てくれ!」って言ってるようなものですからね。しかもその頭の中にあるのが、アンビバレンツな感情であり、美へのフェティシズムなんですから。で、そんな思いのたけが、現実と夢を、生と死を混合させて語られるんだからもう大変ですよ。



まず驚くのは現実と夢がシームレスに交錯している点。何の脈絡もなく、唐突に主人公の妄想が現実に現れます。これが「本気か?」と思わせるような使われ方をしており、非常に困惑する。しかも描き方の距離感がおかしく、やたら綿密に描写してるなぁという部分もあれば、ビックリするくらいすっ飛ばしたり放っておく部分も多く、まさに夢を見ているよう。一言でいうと、「何コレ?」なんですね。
効果音を人の声で再現した、というのもこの映画の「おかしさ」を際立たせています。あまり気にならない部分もあれば、ものすんごく違和感を感じる部分もあり、すごいヘンテコです。どうかしているとしか思えない表現方法ではありますが、これが意外にも面白い効果を発揮しているように思いました。でも、おかしいはおかしいんですよ。
ただ、そんな「おかしさ」の最たる声優については、最後まで違和感がぬぐえなかった。もちろん、庵野秀明のことです。これはやっぱりダメですよ。声で感情を表現できていないように思え、映画への没入を妨げていると思います。まぁ、なんたって素人も素人ですしね。他のキャストはしっかりハマっている中、これはキツかったですね。
そんなわけで、こんな変なことをしている映画がまともなわけないんですよ。非常に違和感を残しつつ映画は進んでいく。ただ、映画を見ているうちに、これらはただおかしなことをやりたいわけではなく、(あたりまえだけど)狙ってなされているものだと思えるのです。



劇中で主人公・二郎は度々夢を見る。少年のころ、彼は飛行機に乗り、風を感じ、尊敬するカプローニと夢で出会います。そして近眼故に飛行機乗りになれない彼は、カプローニの言葉により設計技師となり、美しい設計図を書き、想像の中で飛行機を飛ばしてみせる。彼が見る夢は、戦闘機好きである宮崎駿本人の夢でもあるでしょう。そんなこともあって、やはり飛行機関連の描写は非常に丁寧で、アニメの高揚感がある。
戦闘機愛と言えば『紅の豚』がまさにそう。しかも宮崎駿の自画像は豚で書かれていることもあり、『紅の豚』は宮崎駿の理想を描いた映画なんだと思います。それに対し本作は「飛行機乗りにはなれない男」の物語だというのが面白く、二郎はより本人自身に近い主人公だと思う。紙の上で妄想を具現化させるという点も同じです。図面に書かれた飛行機が飛ぶか飛ばぬか妄想するシーンも、「動きのあるアニメ」の素晴らしさを見せてきた宮崎駿と重なります。そして、おそらくは庵野も。
そんな本作は、夢の明るい面だけでなく、呪いという側面も描いている。二郎はひたむきに夢を追い求める。純粋に、素晴らしい才能を発揮させ、時にエゴイズム的になりながらも夢を実現させていく。しかし、そんな彼が最終的に行き着く先は、絶望だった。時代は二郎に戦闘機を作ることを要求し、それに対しては深く考えることなどせず、彼は美しいものを目指す。結果、その戦闘機は多くの死を伴い、全ての夢の始まりの場所で、残骸となって主人公の前に現れるのです。その様子はまさに地獄。そして宮崎も庵野も、アニメを作る夢と地獄と、逃れられない呪いに苦しんでいるのではないでしょうか。
また、そんな夢の始まりであり、行き着く先でもある場所で、カプローニはこう言います。「創造的人生は10年で終わる」と。なぜ、宮崎駿はこんなセリフを言わせたのだろう。「しかし、それでも生きねば」。この過酷さが、72歳になった、むきだしの宮崎駿が届けようとしたメッセージ・・・というか、思う事なんだと思うと、こう、感動とも納得とも違う、「おじいちゃんそうなんだね・・・」としか言いようがない感じがしますね。



そして忘れてはいけないのがヒロイン、菜穂子の存在。彼女も飛行機の夢と同じく純粋な美しさの象徴であり、また絶望でもある。美しいものはみんな滅んでいく、そんな考えがあるのかもしれません。ただまぁ、とにかく見所はジブリ史上初めてセックスを描写してるところですよ。二人の初夜。「もう寝なよ」という二郎に対し「こっちに来て」と布団をどけ、寝間着から鎖骨を覗かせる菜穂子・・・エロいぞ!あと自宅で机に向かって仕事している二郎が、布団で寝ている菜穂子と手を繋ぐシーンね。「タバコ吸いたい。手、離していい?」「だめ」に激萌えです。でも駿さん、これあなたの理想ですよね?似たシーンが『紅の豚』にもあったけど、こっちは更に自分を出してるんですよね?これがあなたにとっての、理想なんですよね?
菜穂子は、逆境の中でも美しく、力強く、純粋な、つまりはいつも通りの宮崎映画のヒロインを思わせる女性です。で、本作は、そんな女性への思いのたけを存分に観客に見せつけている。しかも、それを自分自身の投影である人物を愛する存在として登場させ、自分を失望させる前に「綺麗なまま」で死んでいく。まさかこんなあられもない(手前勝手な)妄想をぶつけてくるなんて、思いもしませんでした。年下というのもポイントですね。年下で、過去に1度あっただけの自分のことを王子様と呼び、慕ってくれつつ、母のような大きな愛情で包んでくれるという、実に宮崎駿らしい女性描写な気がします。
ただ、彼女も飛行機の夢と同じく、もはや想像の世界でしか生きられないというラストは強烈であると思います。自らの欲望にポルノ的に忠実で、その世界で生きたいという欲望もビンビンではあるけれど、でも「生きて」と女は言うのです。やはりこの映画、「生きねば」というのは単に力強い希望ではないように思います。



というわけで、宮崎駿の妄想が全開になった「全部俺の世界」映画でした。ちなみに、はじめ宮崎駿は効果音を全て自分と鈴木敏夫でやろうとしたそうで、もうどこを切り取っても宮崎駿、という映画にしたかったことがわかります(アニメの中で生きたい、という願望かもしれない)。「他の人にはわからない」それでも結構。誰にも邪魔はさせない。金太郎飴のような、どこをどう見ても俺自身。しかもそれが、ほのめかす程度ではなく、飛び出してきてる。そんな映画なんですね。庵野の起用も、最も自分に近しい存在としてでしょう。なので本作はエンターテイメントとして誰にでも面白い過去作(ポニョ除く)からは遠い作品にはなっていると思います。
もちろん、画としての面白さはあります。戦闘機意外にも、昭和の街並みの表現、災害描写など、こんな昭和を他に誰が描けようというクオリティ。さらに、風によって運ばれる「恋」、サイレント映画のような山荘での紙飛行機遊び、ドイツ旅行(影を使った演出!)街、並み婚礼の儀での菜穂子の美しさ・・・とにかく素晴らしい。そういった画面力だけで見せてくる力は流石だと思います。ちなみに、今回のジブリ飯はサバの味噌煮・・・ではなく、クレソン・・・でもなく、タバコ、でしたね。とにかくプカプカしている。久石譲の音楽も文句なしではあります。



ところで、本作を見てまず思い出すのは黒澤明の『夢』です(特に、言語変換含めゴッホのエピソード)。黒澤が途方もない夢をとんでもないスケールで映像化したように、宮崎駿も、途方もない夢をとんでもないスケールのアニメーションで映像化して見せた。僕のような凡人は、そんな天才のとてつもない作品を前にして、ただただ呆然とするしかない。(正直、勘弁してほしいな・・・)と思ったりもします。
しかし、面白いは面白いんですよ。というか、単につまらない、妄想だ、と言って終りにしてしまえるような作品ではなく、何かパワーを秘めているのは間違いない作品なんです。僕なんかは、あまりに無防備で自らをさらけ出したこの作品に対して困惑しつつも、何故か感動してしまったのです。見た直後でうまく言葉にはできないのですが、あまりに素直(純粋?)なその姿に、心を動かされた部分が確かに存在したのです。
誰にも理解されずとも、モノづくりに一生懸命生きた男の姿を、宮崎駿が自分と重ね合わせた半自伝的ともいえるとてつもない怪作。こんな映画他では見れないという事も含めて、これは映画館で見なければいけない映画でしょう。