リンゴ爆弾でさようなら

91年生まれ。新作を中心に映画の感想を書きます。旧作の感想はよほど面白かったか、気分が向いたら書きます。

最近見た旧作の感想その9

『黄線地帯』(1960)
石井輝男監督の地帯(ライン)シリーズ3作目。売春組織に裏切られ警察に追われる身となった殺し屋・天知茂は、ダンサーの三原葉子を人質に取り依頼主のもとへと向かう。ダンサーの恋人で新聞記者の吉田輝男はかねてより問題になっていた女性売春組織(イエローライン)と恋人の失踪との関係性を見抜き、独自に調査をし始めるが・・・。
なにはともあれ天知茂である。孤児院で育ち、「女の貞操を信じるやつは低能だ」となにやらトラウマを感じさせることを口走るが、しかし殺すのは悪いやつだけという信念を持っている。悪い奴ような良いやつのような、よくわからないが、確かなのは哀しい奴であるという、そんな役なのだ。
そんな哀しみを癒すのが三原葉子の母性本能である。天知茂はその情にほだされ、ちょっと心を許すのだが、結局「人殺し!」と軽蔑されてしまう。「そうか・・・お前もか・・・!」。また、吉田輝男と抱き合い「この人のためなら命を捨てられる」という覚悟を三原が見せたときには、「どうやら俺とは違う人種らしいや!」と吐き捨てる。孤独と鬱屈を抱えた哀しき男の、満ち足りた、幸せそうな人間への怒りが見える。
それだけではない。彼は金や名誉や権力の為なら何でもするが、自らは手を下さないブタ野郎への怒りも爆発させる。「その札束という銃弾で何人殺してきた!」おそらくは生きるために殺し屋にならざるを得なかった男の、世の中全てへの怒りがここにはある。
これはアウトローにならざるを得なかった男の悲劇を描いた映画なのだ。そんな男の、結局誰に好かれることもなく破滅へと進んでいく姿に心を動かされる。
そんな悲劇の他にも見所は多い。無駄のないシャープな演出。靴や百円札を中心に展開させる天知茂三原葉子の裏のかきあい。吉田輝男の普通な誠実さ(褒めてるんだよ)。猥雑さを感じさせる神戸のセット。独特な色づかいの中で映える赤など、何と濃密な80分なのかと思わせる映画だ。麻薬&売春の元締めを殺すシーンのカメラも印象的。セクシーでバイオレンスでいかがわしい、僕の見たい「昭和」の刻印された、石井輝男の確かな手腕の味わえるこの作品はまさしく傑作であった。超オススメ。
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