リンゴ爆弾でさようなら

91年生まれ。新作を中心に映画の感想を書きます。旧作の感想はよほど面白かったか、気分が向いたら書きます。

最近見た旧作の感想その13

暗殺の森(1970)
ベルナルド・ベルトルッチ監督作。この人の作品で見たことがあるのは『1900年』だけで、あちらはイタリアにおけるファシズムの台頭から第2次世界大戦までを、過激な性と暴力を散りばめて描く(というか、その部分しか覚えてない)5時間越えの超大作だったが、こちらはある一人の男がファシズムに傾倒していくお話である。主演はジャン=ルイ・トランティニャン
マルチェロ(ジャン=ルイ・トランティニャン)は、ファシスト党へ入党した。それは幼いころのトラウマ的体験と、精神を病んでしまった父、モルヒネ中毒の母などにより、自分が「正常」ではないことを恐れたからであった。真のファシストは「正常」だ。だから入党した。盲目の友人との会話からも、彼がそう考えていたと分かる。しかし、それは彼にとって自己の空虚さをより際立たせただけだった。自分の意志ではなく、外部に依って存在するというのは、ただの卑怯者の行動なのだ。本作は過去と現在を交錯させた構成によって、そんなマルチェロの心理と行動を描いていく。
中盤、マルチェロと彼の恩師且つ暗殺対象である教授の間でプラトンの「洞窟の比喩」が印象的に語られる。「私はファシストだ」と言うマルチェロに、「そうは見えんよ」と教授。教授が窓を開けると、真っ暗な室内に光が差し込み、マルチェロの影が消える。「洞窟の比喩」とは、簡略化して言うと<人は真実の影を真実と思い込んでいる>という事である。ここでこの比喩はマルチェロ含め、イタリアの社会を暗示しているのだと思う。そしてこの比喩は、ラストショットでも繰り返される。洞窟の人は火によって壁に映し出される影を真実と思い込む。そしてもし、その影から解放され真実を見ても、影の方をこそ真実だと思うのだ。
さて、ここまで書いてきてなんだが、このように内容を説明しても実は本作の最も重要なことは何一つ説明できていないと言っていい。この映画が何より素晴らしいのは、その映像美なのである。例えば光と影のコントラスト。先ほど書いた教授との場面もそれは際立っているが、そこだけではない。マルチェロが婚約者の家に行く場面の、窓にかかるブラインドから入り込む光の絶妙さであるとか、鬱蒼とした森に差し込む木漏れ日の美しさであるとか、その他いたるところで陰影を際立たせた映像の数々が堪能できる。
光と影だけではない。降り積もる雪や大量の枯葉。霧立ち込める景色の中を進む車。スクリーンプロセスの用いられた列車のシーン。寒々しく均整がとられた精神病院。電球の揺れ。ステファニア・サンドレッリドミニク・サンダの色気漂うダンス。道路を歩く際の斜め構図。青と赤の色使い。そんな画面一つ一つに何故だか魅力されてしまう。こんな言葉でしか表現できないのはもどかしいが、とにかく美しいし、カッコいいのだ。撮影はヴィットリオ・ストラーロ。今まで知らなかったが、ベルトルッチの作品他『地獄の黙示録』等も担当している名キャメラマンらしい。
僕はあまり映像の美しさで語られるような映画・・・この言い方が正しいかはわからないが、芸術面の際立つ映画は好きではない。いや、今はそうでもないのだが、かつては好きではなかった。だが『暗殺の森』はそんな僕でも「何か凄いものなのでは」と思わせるほどの映像の力を持っていたと思う。新年早々、まだまだ衝撃を受けることのできる映画はたくさん残っているなと再確認できた。幸先がいい。ちなみに、コーエン兄弟が『ミラーズ・クロッシング』で、黒沢清が『蜘蛛の瞳』でオマージュを捧げたと思われる場面などもあり、そういう点でも発見のある作品だった。恐ろしい程の傑作。

暗殺の森 Blu-ray

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