リンゴ爆弾でさようなら

91年生まれ。新作を中心に映画の感想を書きます。旧作の感想はよほど面白かったか、気分が向いたら書きます。

最近見た旧作の感想その27〜上半期旧作ベスト〜

今年の1月から6月末までに見た旧作映画の中で特別面白いと思った作品について感想を書きつつ、羅列していきたいと思います。ちなみに並び順には特に意味はありません。それではさっそくいってみましょう。



『マリアのお雪』(1935)
馬車が壊れ、立ち往生することになってしまった場面に舞う花びら。斜面に並ぶ木立の中、縦横斜めに画面が入り乱れての銃撃線。乗船を拒否される女たちとその切り返し。そしてその直後に水路を挟んでの会話。何処を切り取っても縦に横に素晴らしい画面の連続であって、そのあまりの美しさは今まで見た溝口作品の中でも特別記憶に残るものだった。ただし残念なことにこの作品を見ようと思った場合今のところ粗悪な画質で我慢するしかなく、この由々しき事態に対しては早急に対応してもらいたいところである。

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『ハタリ!』(1961)
ハワード・ホークスは10本ほどしか見ていないのだが、その中で最も好きな作品。スピルバーグの『ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク』にも受け継がれた動物生け捕りシーンはその動きが生み出す迫力に興奮させられ、また変な扮装に大仕掛けを駆使しながら猿を一網打尽に包み込んでしまうという、後に『リオ・ロボ』でも繰り返されるその大袈裟な様子には感動すら覚える。そして動物を捕まえることを使命としてきた男が、まるで突如画面に登場する豹と同じような気性を持った動物的女に翻弄され、最後にはその女を捕まえる、というより女に捕まえさせられることになる、という話は『赤ちゃん教育』のようでもある。この上、更にチームに連携が生まれることの面白さも存分に味わうことが出来るということで、この作品はまさに、スペクタクルも恋愛もコメディも全てが動きによって生き生きと輝く、傑作であると思う。

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ジーンズ・ブルース/明日なき無頼派(1974)
今年初めに「2015年下半期旧作ベスト」を書いた際、中島貞夫監督作をもっと見たいと宣言していたのでお目当てだった『安藤組外伝 人斬り舎弟』を始め何本か見たのだけれど、その中でもっともよかったのがこれ。ニューシネマ風、というよりも『暗黒街の弾痕』のようなストーリー。特に渡瀬恒彦梶芽衣子が車を失い、猟銃を手にしてからの逃避行となると俄然面白くなる。聖子という役名を与えられた梶芽衣子が、暴れ犬のような痛ましい情けなさを見せる渡瀬恒彦に対しまさしく聖女のような存在となり、珍しく笑顔を向けるのが美しい。そんなわけで梶芽衣子ファンは必見。拳銃の練習として日の丸をぶち抜いて見せる辺りに中島貞夫イズムを感じる。

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婦系図(1962)
三隅研次監督による、美術から照明、脚本、撮影に至るまでどこをとっても美しいメロドラマ。市川雷蔵が万里昌代に別れを告げる場面は美しさだけでなく2人の動きの静と動の紡ぎ方が素晴らしい。こと本作における万里昌代には特筆すべき魅力がある。三隅研次監督作では『斬る』、そして何と言っても『座頭市』初期5作でのヒロインとして目に焼き付いていたのだが、ここでもう一度その魅力を知ることとなった。もう一つ、この作品で忘れられない場面があるのだが、それは三条魔子が木暮実千代の屋敷を訪ねた際、木暮実千代の足袋が一瞬だけアップで映ることである。このほんの少しの足袋のショットだけで、こんなにも「表現」できるとは恐れ入った。三隅研次監督のメロドラマはまだほとんど手を付けていないので、これからが楽しみ。

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『お引越し』(1993)
走ることをはじめとし、田端智子の動き捉えたショットの躍動がまずいい。そしてその田端智子がクラスメートと坂道を上っていると唐突に、不自然に、強烈に降り注ぐ雨には感動する。上手く説明できないが、あの雨は映画でしかない。しかもその水と、時折挿入される森のイメージが物語の後半では幻想的に死の匂いを伴いつつ、少女の成長譚へと変貌するということにも驚かされた。夜のシーンの美しさ、鏡、花火。何気ない言葉の一つ一つが笑えたり切なかったりして、そして最後の長回しでとどめを刺される。自分が見た相米慎二監督作の中ではベスト。今年は『魚影の群れ』も見て、そちらについても色々と書きたいことはあるのだが、一つだけ書くとしたらマグロが水面にその影を見せる瞬間の興奮と緊張感と恐怖。これが特に素晴らしかった。

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『アッシャー家の末裔』(1928)
ジャン・エプシュタインという、初めて名を聞く監督によってサイレントの時代に送り出されたこの怪奇映画は見事なまでの異様さに満ちた傑作である。寂れた木立を抜けた先には沼を湛えた陰鬱な館。風が吹き、カーテンが揺れ、葉が舞う。音はなくともまるで音が聞こえてくるような、音が鳴っていないのが不思議なくらいに思えてしまう画面と反応がここにはある。そんな画面には死と崩壊の雰囲気が常に漂っており、そのショットの一つ一つが素晴らしいのだが、何より驚かされたのは死んだ妻を抱えながら叫び右往左往する夫の、その顔をアップで映しながら移動撮影をするという異様なショットである。恥ずかしながら初耳だったジャン・エプシュタインという監督は他にいったいどんな映画を撮っていたというのか、非常に気になるところである。

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『青の稲妻』(2002)
乗り物や反復移動といった動きによって支えられている画面には倦怠感と閉塞感が付きまとい、感情の表出ではなく、ただ行動と画面によってその空気感は決定づけられている。それは中国の乾いた風土とも密接にかかわっており、その渇き具合というのは、キスですらたばこの煙を交換し合うのみに留まっていることからも見取ることが出来る。照明も素晴らしい。作品内には中国という国がたどった歴史の足跡がそこかしこに刻印されてはいるものの、この作品はあくまでその国で、今、閉塞的なままに生きているというその生に基づいており、だからこそ作品自体も生きているのではないか。『長江哀歌』と並んでジャ・ジャンクーの中では最高に好きな作品。

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『よろこびの渦巻』(1990)
関西テレビの深夜枠において放送された黒沢清の短編。黒沢清作品の中でも自由度という点においては相当高く、なにやら観念的な話が始まるのかと思いきや唐突に謎の人物が登場し謎のギャグまで炸裂。そして動きの魅力に満ちた横移動長回しや、枯れ木林の中をアンゲロプロス風に動き回った挙句、最終的には歌へ着地し爆発という自由さ。一体これは何なのか。それはわからないが、面白いので別に問題はない。



『海外特派員』(1940)
ややプロパガンダ的匂いを感じなくもないのだが、サスペンスとして見事な作品で、やっぱりヒッチコッらしくちゃんとぐらつかせ、最後に「何か」が落ちている。特に雨のアムステルダムから始まるシークエンスは最高すぎる。雨と傘、拳銃と群集、風と風車、歯車とコート、帽子・・・要素を挙げてもどうしようもない。緊張が高まりアクションが連なる前半と、回転が疑問と不安を巻き込んでゆく後半から成るこのオランダでの追跡のアクションとサスペンスこそが映画なのだと、自信を持ってそう言いたい。ちなみに上半期にはヒッチコックのサイレント『下宿人』も見たのだが、こちらもまた、見るということを楽しませてくれるいい映画だった。



『警視-K』(1980)
勝新太郎主演・監督の刑事ドラマ。ぶっきらぼうで素っ気ないタッチや展開に、ぼそっとした台詞とざらついた色気のある街。手前に物を置いて層を作ろうとする執念の構図。長回しと極端な寄り。ガラス、鏡、水の反射をこれでもかと利用した撮影。暴力に対する薄い反応・・・。話は放り投げておいても、こういった構図・見せ方・表現には異様なこだわりが感じられる偉大なる意欲作である。勝新太郎や川谷拓三の他、ゲスト枠のキャストも魅力的だ。また森田富士郎が撮影を担当している回もあるのだが、ここで思い出されるのは三隅研次監督・若山富三郎主演『桜の代紋』である。前にこのブログでも感想を書いたのだが、あの作品でも反射・鏡越しというのは使われていたし、この特徴というのは『座頭市』の監督でもある三隅研次からの影響なのかもしれない。ちなみに個人的なオススメは1,3,7,10,12,13話で、既に書いたような演出以外の魅力としては、3話のあまりの救われなさであるとか、10話の原田美枝子の可愛さなどがある。対して最も微妙な回は森一生が監督した8話で、確かに話はストレートでちゃんと解決するし(『警視-K』では事件の顛末が重視されていないこともある)、盛り上がりもあるし空間の演出という点も良いことには良いのだけれど、この作品に望むのはそういうことじゃないのだ。もう一つ微妙な点として、本庁の辺見というキャラクターがいる。彼は鼻持ちならないエリートとして登場するも実際は役立たずの無能で口ばっかりであり、作品内にてコメディリリーフ的役割を果たしてはいるものの個人的にそれはこの作品の空気とは合わないので必要なかったと思う。娘役に実の娘を、そして元妻役に妻を配役するという行為についても肯定しづらいのが、しかしそれでも僕はこの作品を愛さずにはいられない。というのも、この作品にこそ僕の求める世界があったからだ。ここにはぶっきらぼうでダウナーな空気しか存在しない。しかしそんな世界でしか持ち得ない優しさも確かにあるように感じられ、そこに一度堕ちてしまったが最後、ずっと浸っていたいと思わせてくれるのである。

警視-K DVD-BOX

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さて、以上が今年上半期に見た中で特にお気に入りの作品でした。このほかにも、帽子と背中で語る小津安二郎『戸田家の兄妹』における佐分利信のヒーローっぷりとやけに空間の開いた喫茶店は印象深いし、ベルトルッチの『革命前夜』は街、川沿いの林、室内に落ちる影、人物の動きに合わせゆっくりと動き出すカメラ、そして後のベルトルッチ作品にも出てくる自転車ダンスが面白くかつ、年上女性好きにはたまらない作品で最高。勝新太郎が人斬り以蔵を演じた『人斬り』の特に前半における勝新太郎の暴れ走りっぷりは大変面白かった。他にもニューヨークの映画オタクを記録したドキュメンタリー『シネマニア』や山下敦弘監督『リアリズムの宿』なども良かったのですが、このくらいにしておこうと思いました。相変わらず新作に関しては更新が滞っていて、見たのに感想を書いていない作品がたまっているのですが、下半期もどうもこの程度の頻度になってしまいそうですので、気が向いたら読んでください。それではまた。