リンゴ爆弾でさようなら

91年生まれ。新作を中心に映画の感想を書きます。旧作の感想はよほど面白かったか、気分が向いたら書きます。

『薄氷の殺人』を見た。

薄氷のスケッチ

第64回ベルリン国際映画祭において金熊賞・男優賞を受賞した作品。監督は本作で長編3作目となるディアオ・イーナン。主演はリャオ・ファン、グイ・ルンメイ

1999年の中国。6都市にまたがる15の石炭工場でバラバラの遺体が発見された。頭部のみ所在不明の怪事件を捜査することになったジャン刑事(リャオ・ファン)は聞き込みの結果有力な容疑者を特定・拘束するが、思わぬ形で銃撃戦となり負傷する。時は過ぎ2004年。怪我により警備員として生計を立てていたジャンは偶然元同僚と再会し、5年前の事件と似た事件が現在起こっていると聞かされる。二つの事件にかかわるのは5年前に殺された男の妻ジージェン(グイ・ルンメイ)。酒浸りの日々から生きる活力を見出すためジャンは彼女の同行を探るが・・・

ストーリー自体に目新しさがあるわけではなく、殺人事件を追う物語とはいえ謎解きや真相といった部分に驚きが用意されているわけではない。では例えば、中国の現代社会に対する提起がある社会派の作品なのか。確かに犯罪を通し社会の変容と同時に噴出した問題点を作品の中に見つけることもできようが、それも本作を他と違う何かたらしめている要素ではない。監督も当然このことは承知しており、脚本に勝負を賭けて本作を撮ったわけではないだろう。



では何に力点を置いたか。それは一言でいえば、スタイルである。まず、極端に台詞が少ない。言葉の説明によって物語を進めるのではなく、映像によって進めようという意思がある。例えば、視線一つ送るとか雪に残された足跡を見つけるというようなシーンに、それは顕著である。また編集についても、性交で絡み合う手と虫の死から、切り取られた手首へ繋ぐ場面。消火器の煙からアイロンのスチームへ繋ぐといった場面には面白さがある。次に照明の工夫が挙げられる。主に黄色と赤を基調とした照明だが、基本的に黄色=女、赤=殺人というように結びついており、ゆえに女と殺人が結びつきそうになると画面には黄色と赤が混じり、そして最終的に女が身に着けている色によって、彼女の運命は言葉を必要とせずとも理解される。長回しも特徴の一つであると言えるだろう。視線の移行を否が応でも印象付けられる移動撮影の数々や、美容室での殺人がそれにあたる。美容室はやはり赤の色が印象的に室内を彩っており、ここでふと銃を落とすタイミングと、なんてことないリズムでそれを拾い銃声が空間をつんざくまでの時間は、本作でも印象に残りやすい場面ではあったと思う。



とはいえ、それらは特異なものと言えるほどに洗練されているわけではなく、こちらの予想の範疇を超えてこない。だが、本作には予想を超えてくる瞬間も確かにある。それは美容室のシーンにおいて長回しの果てつんざく銃声ではなく、その直後に訪れる、女性の叫び声と顔のアップが短く挿入される場面なのである。つまり、物語をすすめるのでも説明するのでもなく配された行動やショット、シーンのいくつかが、本作において最も魅力的なのだ。例えばスイカや馬がそれにあたる。また僕が本作で最も興奮したのは、冒頭、夫婦喧嘩の果てに開く黒い傘である。傘を持っているのであれば、それは開くために持っているのだと言わんばかりに絶妙なタイミングで開いてみせる傘のアクションこそ、最も目が開かされるシーンであった。その後の、刑事によって蹴られた瓶が転がり割れる場面も良く、円、回る、回転のモチーフは様々な形で終盤まで途切れることなく登場している。また個人的には電車内のシーンも異様な暗さや寂れを感じさせており凄く良かったと思う。
音にも注目せざるを得ない。雪を踏む音、氷を削る音。金属が寂れ軋む音。音。音。音。全編に渡り、この世界の音がとにかくよく聞こえてくる。これらの映像や音へのこだわりこそ、監督が本作で主張、もしくは抵抗した要素なのだと思う。これらがスタイルとして完成されているかと聞かれれば若干ちぐはぐさを感じたりもしたので完全には同意しかねる部分があり、どちらかと言えばまだスタイルを模索している途中であるように僕は感じたが、魅力的だったのは間違いない。



しかしながら、このスタイルも実のところこの映画を最も魅力的にしている点と言うわけではない。この映画最大の魅力、それはグイ・ルンメイであって、この人の魅力が本作のすべてを支えている。まず脚から画面に登場してみせるそのファム・ファタールぶりはとにかく素晴らしく、それはもう、コロ〜っとやられてしまうのは致し方ない。肉体的なセクシーさとは違うが、タートルネックのセーターで強調される線の美しさにやられた。この人が美しく撮られている。それでもう、十分だと言えるのであった。

HAPPY END

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