リンゴ爆弾でさようなら

91年生まれ。新作を中心に映画の感想を書きます。旧作の感想はよほど面白かったか、気分が向いたら書きます。

最近見た新作の感想その13

ビッグ・アイズダーク・シャドウ』『フランケンウィニー』という2012年に公開された2つのティム・バートン作品は、それぞれ違った意味でバートンにとって決算となるような作品だったと思うが、本作がある意味で新境地ともいえる作品となっていたことによって、その思いはさらに強まる結果となった。冒頭、いかにも「らしい」色をした風景から逃げ出す場面から始まった後、本作では色をテーマにしつつも、それを過剰に塗りたくるのではなく、またドラマとしても異形であるとか愛されない哀しみを強く押し出したりはしない。本作はマーガレットであれウォルターであれ、承認欲求、もしくは、分かってほしいという気持ちについての物語であり、また両者にとって「持ち得なかった才能」の悲劇でもあると思う。そういう点について彼らの人物像を掘り下げれば、それはそれでドロッとした液体が流れ出してきそうなのだけれど、本作はあくまで実在の人物に対しての節度を持って語られていたと思う。
そのバランスにおいて一人怪演を見せるのがクリストフ・ヴァルツで、名声の誘いを断ることができなかった怪物演技は隅々まで見応えがある。だがしかし真に見応えがあるのはクリストフ・ヴァルツのいかにも怪演といった様ではなく、エイミー・アダムスの振る舞いなのだ。またその娘を演じたマデリン・アーサーも、よくこんなピッタリな人物を連れてきたなというくらいのキャスティング。母と子の絆・理解が「手をつなぐ」と言う動作によって最後まで貫かれているのも感動的であった。

Big Eyes: Music From The Original Motion Picture

Big Eyes: Music From The Original Motion Picture



マップ・トゥ・ザ・スターズ
クローネンバーグが幽霊を画面に出すとは思いもしなかったし、しかもそれが思いのほか不気味であるという事には嬉しさすら感じた。この幽霊が、主に水と結びついているのは『サンセット大通』のオマージュなのかもしれないけれど、本作においてはこの幽霊に「母」と「子」というイメージまで付与されており、いくつかのJホラーを思い出したりもする。またこの幽霊のタッチがいかにもそこに「居る」かのように描かれているのも素晴らしい。ところでこの幽霊とは、霊媒師や神父などが立ち向かえる相手ではない。というのも、この幽霊は登場人物たちの痛ましい精神の揺らぎが、不完全な肉体として目の前に現れている存在であるからだ。そして登場人物たちの精神を揺らがせているものの一つに、火がある。自らを揺るがす火を精神の中に抱えた人物たちが愚かにも自らの醜さに取り込まれていく中で、火を肉体に表出させるアガサだけは、血を浴びて自由へ解放される。このように考えれば、なるほどこれはクローネンバーグとしか言いようのない、精神と肉体と治癒の物語である。
以上のようにクローネンバーグらしさについて考えながら一見何を言いたいのかわからない物語を読み取ろうとするのは楽しい。しかし僕としては、幽霊の禍々しさや、まるで死ぬためだけに登場したかのような犬、そしてダンスを踊るミア・ワシコウスカの魅力にこそノックアウトされたのであり、ジュリアン・ムーアジョン・キューザックのいかがわしさ、解放されない人間の息苦しさ醜さも見事なのだけれど、星を見上げる天使には、敵わないのであった。