リンゴ爆弾でさようなら

91年生まれ。新作を中心に映画の感想を書きます。旧作の感想はよほど面白かったか、気分が向いたら書きます。

『サンドラの週末』を見た。

決戦は月曜日
ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督最新作。主演はマリオン・コティヤールであり、第87回アカデミー賞では主演女優賞にノミネートされたほか、カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品など、各国の映画賞にて称賛された作品。


体調不良により仕事を休業していたサンドラ(マリオン・コティヤール)は、ようやく仕事に復職できるとなった矢先のある金曜日、「社員にボーナスを支払うためには、一人解雇しなければいけない」との理由から、突然解雇を言い渡された。友人の力添えにより、サンドラの解雇は月曜日に投票を行い、それにより決定することとなった。投票の内容は、「ボーナスを選ぶか、サンドラの復職を選ぶか」というもの。サンドラは家族と友人に支えられながら、同僚たちの下へ訪ね、自分に投票してほしいと頼むこととなるが・・・

状況設定が非常に面白く、サンドラにせよその同僚にせよ、どちらの立場であったとしても「自分ならどうするか」ということを、ふと考えてしまう。このお願いは申し出る側にとっても受ける側にとっても心の痛むものである。いくら同情すべき状況であったとしてもそれぞれに自分の生活がかかっており、はいそうですかとボーナスを簡単にあきらめることは出来ない。ある者は生活のため秘密に仕事を掛け持ちしていたりもする。しかしだからといって、サンドラのことを考えれば無碍に断るのも人として心苦しい。仲間を裏切るような後ろめたさ、良心の呵責に苦しまされるし、その苦労を持ち込んでくるサンドラは、厄介者とのそしりは避けられない。
もちろんより苦しいのはサンドラであって、同僚たちも自分と同じく金銭的に苦しい状況であると知った上でボーナスを諦めてくれと言わざるを得ないことをして、サンドラは「乞食」と自らを呼ぶ。それはそうだろう。週末に尋ねて他人の良心にすがりつく。いくらなんでも、そんなまねは人として恥ずべきことではないか。だがサンドラはそれをやることを選ぶ。これはサンドラにとって戦いだ。と言っても、善人と悪人の戦いでも、他者との戦いとも違い、サンドラ自身の、自分自身との戦いである。彼女が身にまとうピンクの薄い服は、無防備であることの証であろう。自らを削り続けることで彼女は戦う。



その戦いはBGMもなく静かに行われる。だがしかしそれは地味でも平坦でもなく、当然退屈することもない。何故ならば、この物語にはサスペンスが含まれているからだ。徐々に明かされていくサンドラの状況、そして「サンドラは一体どうなるのだろう」というスリルが本作にはある。「次の月曜日までに」というタイムリミットが設けられていることも重要である。サンドラが街を駆け巡り同じセリフを繰り返しつつ、次から次へと状況が好転・悪化していく中で自然に登場人物の心情とシンクロし、盛り上がってしまう理由にはまず「自分ならどうするか」と思わせる状況の設定があると思うが、同時にタイムリミットサスペンスの要素を上手く転がしてからであるのも、忘れてはいけないだろう。



しかしそんな物語よりも見逃せないものが実はあって、それは画面の配置である。サンドラが一人一人にお願いをして回るとき、その対話の相手がどのような場所でその話を受けているかということが重要なのだ。例えば、サンドラの話を受けるとき、その多くの場面でサンドラと同僚たちは柱、ドア、フェンス、車といったアイテムによって区切られている。その区切りを超えて分かち合う人もいれば、区切りの中から出てこない人もいる。また交渉する相手によっては背後に壁が迫っており、この壁によって、サンドラが圧迫されているかのような印象を受ける。そしてこれらの場面における色使いも非常に面白く、特に画面上での赤と青の使われ方が画面の雰囲気と場面の心情という点で重要な要素となっていたのではないか。
そしてもう一つ、サンドラの動く方向にも注目したい。サンドラは道路を斜めに横切ったり、また角を曲がって同僚に会いに行くという歩き方をすることが多い。これは直線的に繋がっていない人たちと自分を繋げに行くという行為の表れなのではないか。そして対照的に直線でつながっている関係は、例えばサンドラと夫の関係であれば、その線のつながりが車の中でカメラの振りと共に確認できると思う。その車内でのみ音楽がかかっていることも面白い。僕はダルデンヌ兄弟監督作を今回初めて見たのだが、他の作品では音楽がどう扱われているのが気になってしまった。



さて、これらの要素によって紡がれた戦いの物語がどのような結末を迎えるのかといえば、それについては書かないが、サンドラの状況をよく見て、最も優しい結末を想像すればどうなるのかは、おのずとわかると思う。非常につらい物語ではあるが、サンドラの戦いを応援するような優しさにも満ちており、冒頭のサンドラの横画を捉えたショットの光からそれも感じ取れるだろう。また戦いを終えたサンドラのその顔が、冒頭に見た顔とは違うものになっている。だから僕がこの映画のラストシーンを見て少し思い出したのは『ロッキー』などの、戦うことそれ自体の勇気を描いた映画であった。そんなわけで普段はあまり見ないヨーロッパ映画ですが、面白かったですね。

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