リンゴ爆弾でさようなら

91年生まれ。新作を中心に映画の感想を書きます。旧作の感想はよほど面白かったか、気分が向いたら書きます。

『グリーン・インフェルノ』を見た。

地獄の食卓
食人族をテーマにしたイーライ・ロス監督6年ぶりの最新作。主演はイーライ・ロスの実妻であるロレンツァ・イッツォ、アリエル・レビ、そして歌手のスカイ・フェレイラら。エンドクレジットには「食人族映画小史」が付いている。


大学生のジャスティン(ロレンツァ・イッツォ)は、父が国連で働いていることもあり、学内の過激な慈善活動グループACTへの勧誘を受ける。アフリカの野蛮な習慣に対する抗議の気持ちと、カリスマリーダーのアレハンドロ(アリエル・レビ)に惹かれたジャスティンは会合に参加。会合ではペルーの自然が破壊されており、その抗議活動を現地で行おうという話がなされていた。ジャスティンはACTの熱意に打たれ、自身も抗議活動に参加することを決意。仲間たちと共にペルーへと旅立つのであった・・・

おいしいご飯を食べたいという欲求は何にもまして強いものであろう。しかしその、おいしいご飯とやらには一体どうありつけばよいのか。高いお金を払って外食にでも行こうか。いやいや、安い値段で自分好みの味付けで料理すればおいしいさ。しかしはたまた、自家栽培として野菜でも育てて収穫の悦びとともに食を楽しもうか。方法は様々だが、しかしどうだろう、急に自分の目の前に御馳走が飛びこんで来たら何の苦労もなしにおいしいご飯にありつけるではないか。そんな夢みたいなことが有ればいいのにと誰かが思ったからドラえもんでも「グルメテーブルかけ」なる道具が出てきたのだし、「鴨が葱を背負ってくる」ということわざもできたのであろう。



さて、本題の『グリーン・インフェルノ』であるが、まさにこれは「鴨が葱を背負ってくる」映画である。といっても、この場合鴨とは我々人間のことであり、まさにいいカモといった具合なのだが、食人族にとっては、平和活動に熱心な、といえば聞こえのいい意識の高い学生集団、つまり自身の善性を満足させることに快感を感じる独善快楽者が、その平和性ゆえに武器も持たず自分たちの下へ墜落してきたとなれば、それはもう御馳走パーティーを開かざるを得ない状況であろう。まさに棚から牡丹餅、いや空から人肉の僥倖である。長々と平和活動の素晴らしさを説く理知的なつもりの大学生であろうと、こうなってしまえばただの肉。そこには文明人と野蛮人という区別も、意識の低さも高さもない。完全なる肉としての人間しか残されていないのだ。
彼らが御馳走となっていく様には快感もあるし、極限状態にさらされた人間の姿には、その前からは想像もできないほどの低俗なユーモアも満ちている。しかし、怖さも確かに存在している。当然僕だって只の肉でしかないのだし、いくら嘲笑の対象だった人間たちの解体だといってもそれは爽快なだけではなく、彼らが悲鳴を上げながら食事にされてしまう様は当然怖い。当たり前の話だが、人が人を食うというのは怖いのだ。しかしなぜそれは怖いのか。それは食人族というのが自分には制御ができない存在であり現象だからだ。私たちは日常において、制御された世界の中で生きられるという安心感に浸っている。しかしここ緑の地獄には安全弁など一つもない。そんな恐怖が、言語も通じないまま解体され、時には生のまま食われ、時には丁寧に塩もみなどして保存される人間達の様子の中にしっかりと刻印されている。



しかし惜しむらくはこの制御の効かなさという恐怖に対し、作品自体は割と理性を保ってしまっているという点である。本作は相当に丁寧で、律儀だ。前フリとなる学生たちの描写からもそういえるだろうし、スラックティビズムとも呼ばれるような彼らの姿に対する揶揄や全体を覆うメッセージが、取ってつけたようなものではなく作品内にしっかりと組みこまれていることから、この作品は丁寧で律儀なのだといえよう。悪趣味にはちゃんと触れているが悪趣味と戯れそのまま一体化することはなく、物語もきっちり展開させる。確かにそれはそれできちっとしていて面白いのだけれど、野蛮な魅力のまま突っ走るような快感は無い。そのため、少々の食い足りなさを感じてしまう部分があるのだ。例えば蟻の件などは、もっと悲惨でグロテスクに見せることも可能であったはずだし、食人シーンにしても酷いのは最初だけで、あとはあまり露悪に振り切ることもない。また終盤の逃亡シーンにしても前半を生かした展開へすぐに移行せず、もっと逃亡の興奮を追求することはできたはずだ。



ただしこういった文句もあるとはいえ、基本的にはかなり満足できる内容であったのは間違いない。既に書いたように恐怖もユーモアもあれば、スピード感のある首裂きなどグロテスクというだけではない視覚的な楽しみもあるし、キャラクター、それにロケーションもいい。僕は映画における人殺しの聖地としての森を讃えるため、「森を見たら人を殺せ」という標語をこういった映画には掲げているのだけれど、『グリーン・インフェルノ』はまさにそんな森の映画であった。大変面白かったです。