リンゴ爆弾でさようなら

91年生まれ。新作を中心に映画の感想を書きます。旧作の感想はよほど面白かったか、気分が向いたら書きます。

『セデック・バレ』を見た。

over the rainbow with虐殺
日本統治下の台湾で実際に起こった、セデック族による抗日暴動「霧社事件」を描いた台湾映画です。監督はウェイ・ダーションという方で、これが監督2作目。台湾版アカデミー賞と言われる金馬奨において作品賞など5部門を受賞。


日清戦争で清が破れ、日本は台湾の山奥までその統治を広げた。そこには狩猟民族のセデック族が住み、彼ら独自のルールの中で生活をしていたが、日本の統治によりそれは奪われていった。そして35年の月日が過ぎた頃。頭目のモーナ・ルダオ(リン・チンタイ)を始めにセデック族は屈辱的な日々を耐えていた。しかし、日本人警官とセデック族の一人が衝突したことにをきっかけに、長く押さえつけられていた感情が爆発し・・・

第1部『太陽旗』第2部『虹の橋』合わせて4時間以上ある大作ですが、体感時間はホントに短い、血湧き肉躍る凄い作品でした。これは戦争アクション映画の傑作と言ってよいでしょう。セデック族の勇敢な姿にはもう、「やっちまえよぉぉぉ!!日本人をブチ殺せよおらぁぁぁ!!!」と、日本人でありながら思ってしまいました。燃えましたねー。侮辱され、誇りを捨てさせられ、抑圧されつつも耐えて耐えて耐えて、そしてついに立ち上がる。「文明が屈服を強いるなら、野蛮の誇りを見せてやる!」もうね、このセリフだけで燃え泣きですよ。このセリフを言う頭目モーナ・ルダオ演じるリン・チンタイの顔面力にも圧倒されます。イイ顔すぎますね。
セデック族は蕃刀と弓と、そしてその超人的身体能力を武器に山を駆け、地の利を生かし日本人を翻弄し、血祭りに上げていく。裸足で駆ける姿はもう宮崎アニメの世界で、その機動力を存分に味あわせてくれるシーンには原初的な興奮が詰まっていました。これどうやって撮影したの?」と思わせるような断崖絶壁での立ち回りも素晴らしい。このアクションシーンの荒々しい興奮は『300』や『アポカリプト』を彷彿とさせます。
そんな数々のアクションシーンの中でも特に燃えたのは第2部中盤、日本軍の攻撃を受けて森が燃える場面。「奴らは去った」なんて日本軍が思っていると、モーナ・ルダオを筆頭にセデック族が炎の中からぐわっと現れ特攻していくシーン。ここなんてもう、拍手ですよ。カッコいいですねぇ。とにかく僕はもう、この誇りのために命を賭して戦う男たちの野蛮な姿にアドレナリンが噴出しまくりでした。



間違われると困るのは、この映画は単に善対悪であるとか、反日であるとかいう作品ではないという事です。むしろ非常に考えられたバランスで成立している作品であると僕は思います。
第1部では、まずセデック族の生きざまをしっかり描いています。どういう生活をし、どういうところで生き、どのような考えを持っているのか。彼らは首を狩る種族であり、それは私たちには野蛮な行為に見えますが、彼らにとっては命より大切な名誉。死後虹の橋を渡り、永遠の狩場(天国)へ行くための権利を得るため、彼らは首を狩る。
日本はそれを「野蛮」と切り捨て文明化を強いる。彼らの信仰を抑圧し、太陽がモチーフの旭日旗を掲げさせ、蔑み、不当な暴力を行使します。戦争中においても毒ガスを使用するなど非人道的であったり、モーナと敵対する部族を利用したりする狡猾な姿が描かれます。これだけだと完全に悪役ですが、日本人にも理解者がいたことを描きます。また「日本人も妊婦には手を出さない」とセデック族に言わせたり、風景の美しさに思わず「綺麗だ」と日本人に言わせたりと、残虐で暴力的なだけではない部分もしっかり描いていたと思いました。
セデック族の行為についても単に英雄的に描いているわけではありません。第1部のクライマックスである運動会襲撃シーンでは、セデック族が女子供であろうと容赦なく殺している姿が描かれています。セデック族の女が「何故こんなことに」と泣き叫ぶ姿も映しています。セデック族の反乱が平和(とは言い切れないが)な暮らしを破壊したという事も描いているのです。女たちが足手まといにならないようにと、次々首を吊るというのもショッキングで、やはり彼らの行動はどう見ても常軌を逸していると思わせてもいるのです。
また、同化政策によって日本名をつけられたセデック族の若者2人。彼らはセデックと日本の間で板挟みになり、どちらにつくのか選択を迫られる。セデック族に対して友好的だった日本人は、妻子を殺されたこととで復讐の鬼と化す。彼らはセデックと日本を繋ぐ懸け橋になりえたのに、戦争がすべてを無駄にしてしまったことも描かれています。
これらの事から、この映画は単に反日なのではないと言えると思います。これは、文明と野蛮の衝突とその結果としての悲劇と、そしてそこで散っていった魂を、ただただ描いているように思いました。



他に忘れてはいけない魅力として、地形というのがあると思います。台湾の山奥にある、美しくも暗く陰湿な森。これもこの映画の主役の一つであると言えるでしょう。美しい渓谷などの明るさだけでなく、深山幽谷と言うのでしょうか、暗くジメッとした森の感じ、手つかずの道、断崖、竹林・・・。僕はもともと森の奥へ入っていく探検モノが好きで、特に陰湿感が再現されているものこそがいいと思っているので、セデック族や日本軍が歩いていたり行進したりしている場面からもうワクワクしましたね。森ガールにもお勧めですね。多分。



残念だった部分もあります。先ずは細かいところですが、ところどころCGが入るのですが、ちょっとレベルが低いところもあるように思いました。技術力は仕方ないと思いますが、無理に見せなくても・・・と感じる場面もあったので、そこは気になりました。
日本人の演技、というか発音に微妙な部分があるのもノイズになりました。名前のある役はみなさん素晴らしいのですが、たまに聞こえる声にちょっと違和感が。『レジェンド・オブ・フィスト』を見ていた時も日本人の発音に違和感を覚えたのですが、うーん。
とはいえ、そんなものは些細なことで、一番の問題はラストなんですよ。第2部はそのほとんどが戦闘シーンです。僕はそれが最高で超燃えていたのですが、戦争が終わってからが長すぎですねこれ。特に最悪だったのが、日本人の指揮官が桜を見ながら「彼らの心の中に武士道精神を見た」なんて言い出すシーン。そんなの言葉にしないで下さいよ。見てりゃ言いたいことは伝わってるんですから。
そしてその後にはなんとセデック族が「虹を渡る」ところを実際に映像で見せちゃってるシーンまである。これはもうガクっときちゃいましたよ。そういうのは実際に見せなくていいですよ。子孫が山の向こうを見ると、虹がかかっていた。それだけでいいじゃないですか。このダラダラと長いエピローグ部分さえなければ僕はこの映画、ホントに傑作だと思いました。だからこそ悔やまれますよ。あぁ。



というわけで、単なる反日・抗日で終わらない、重いテーマを含んだ凄いスケールの作品でした。まぁ、いろいろ考えさせるような部分よりなにより、とにかく燃える映画であるのも間違いなくて、僕はだからこと大好きなんですけどね。ほんと必見の作品です。できれば劇場で体験してほしいタイプの映画ですね。しかし、ホントに、傑作になりえたのにね・・・

別冊映画秘宝 衝撃の世界映画事件史 (洋泉社MOOK)

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