リンゴ爆弾でさようなら

91年生まれ。新作を中心に映画の感想を書きます。旧作の感想はよほど面白かったか、気分が向いたら書きます。

『スーパー!』を見た。

コマとコマの間にあるもの。

真面目なんだけど容姿から性格までコンプレックスの塊な男・フランク。彼は人生で二つの輝ける瞬間「妻との結婚」・「警官にちょっとした手助けをしたこと」を誇りとして生きていたが、ある日元ジャンキーの妻が地元のドラック・ディーラーに寝取られてしまう。失意の中で神の啓示に目覚めたフランクは、正義のヒーローとして悪人を罰し始める・・・というストーリー。



フランク=クリムゾンボルト最初は妻を取り戻すという目的で始めたものの、街にいるどうでもいい悪党を懲らしめる。見ている側からすると確かに児童虐待も麻薬売買もひったくりも横入りも悪だが、レンチで頭かち割っているのを見ると「えっ?」とどうも引いてしまう。この映画は人体破壊描写がしっかりしているので正義のためとはいえ暴力の恐ろしさが際立つ。いやーな感じがするんです。
だから観客からするとフランクはどう考えても狂人にしか見えない。神の代理人として実行していたハズの行為がただの妻への妄執と暴力とらわれたキチガイ行為でしかなくなる。「シャラップクライム!」(ガンッ)
まずそのフランクを演じたレイン・ウィルソンは凄くいいんですよね。冴えない男で、コンプレックスによって自分を抑圧しているという感じがホントにしているんです。「自分に飼われるのが可愛そう」と、ウサギを飼わないエピソードとか僕は心が痛くなりましたよ。そういう事思う事ありますよね。人生の中でロクに誇れる部分もなくてふとした時に屈辱が襲いかかってくるんです。そんな自分に怒ったり恥じたり、他者や世界を呪う事もあります。まあそんなんだから最初の数分でもうフランクに感情移入しまくりですよ。
そんなクリムゾンボルトにも相棒ができるのだが、それが彼よりもっと狂気を突き詰めたような奴だった。エレン・ペイジ演じるボルティーという少女だが、これがまぁすごい。とんでもないサイコ野郎で、コスチュームを着てフランクと共に「それはないだろ・・・」とドン引きしてしまう暴力で悪党をぶっ潰していく。彼女はコミックオタクで自分の欲望を満たすためにヒーローの相棒として活動しているんですね。しかも差別主義者(モンゴロイドがどーたらとか)でセックス依存症。彼女は欲望を開放させずにいられない人なのかもしれないが、ともかく彼女の行動を見てフランクは自分がクリムゾンボルトとして行っている事の異常さに気づくのです。だが、しかし・・・。



確かにフランクの言っている事は正しいのかもしれない。彼が犯罪者に対して行う暴力は我々も見ていてスカッとする部分がある。例えば映画館でもマナー悪い客とかぶっ殺したくなることあるでしょ?彼はそれをやっているんです。でもそのフランクも結局凄惨な暴力を振るう存在だ。正義と悪、暴力、この映画はそういった倫理に対する問題を提起している。ラスト、『タクシードライバー』の襲撃シーンのような大暴力シーンがあるが、そこで敵役のケヴィン・ベーコンと交わされる会話は見ている私たちを揺さぶる。一体何が正しいのだろう。登場人物が最後に迎える結末にもそれぞれ考えるところがあるだろう。



またこの映画で考えさせるのは人生の意義についてである。冒頭の「人生の輝ける瞬間」というのは、つまり自己と他者の関わりについてである。「輝ける瞬間」は、どちらも他者に必要とされていると実感している瞬間であり、これは人生においてとても重要なことだと思う。誰でも他人に必要とされたいという欲求はある。だけどそれが見つけられない内や、もしくは消えてしまった時。そんな時に、人は人生に意味が感じられなくなる。フランクはキック・アスになれなかった男であり、狂気にとらわれたビックダディと同じような存在なのだ。
そんなフランクの迎えた結末は、はたして幸せか?どうとも言えない状況にいる彼の行く末は?映画のエンドロール後に「神よ」と語りかけるのは、もしかしたらまた彼が暴力の世界に踏み込むという事かもしれない。
それでも妻を巡る一連の事件以降大きな代償と共に何か手に入れるものはあった。それは劇中の言葉を使えば「コマとコマの間の出来事」というものである。それ輪私たちだの人生に於いてもそうだと思う。人間が皆ヒーローのような人生を歩むことはできるわけではない。だからこそ、ヒーローにはなれない私たちが大切にすべきなのは、「コマとコマの間」のかけがえのない瞬間なのだ。苦いのだけれどなんとも言えない温かさに包まれたラストに、僕は深い感動を感じた。素晴らしい映画だと思う。



というわけで、好きな人はとことん好きな作品であり、例えば『タクシードライバー』を心の一本にしている人は新たな傑作になりえる怪作だと思います。日本人には馴染みない神様の事とかよくわからなくても大丈夫だと思うし。ただ、許せないところがあるとすれば字幕。なんで「ビッチ」とか「ファック」をいちいち伏字にしてるの?意味わからん。