リンゴ爆弾でさようなら

91年生まれ。新作を中心に映画の感想を書きます。旧作の感想はよほど面白かったか、気分が向いたら書きます。

『新しき世界』を見た。

The World is Yours
韓国で大ヒットし、多くの映画賞にもノミネートされ、さらにハリウッドでのリメイクも決定したマフィア映画。監督は『悪魔を見た』などを脚本家のあり、監督作としては本作が2作目となるパク・フンジョン。キャストにはイ・ジョンジェ、ファン・ジョンミン、そしてチェ・ミンシクら。


韓国最大の犯罪組織という裏の顔を持つ企業、ゴールドムーン。その会長がある日事故により死亡。その跡目を巡って、実質組織のナンバー2であるチョン・チョン(ファン・ジョンミン)とナンバー3のイ・ジュング(パク・ソンウン)の対立が起こった。この事態に対し、警察丁捜査課課長のカン・ヒョンチョル(チェ・ミンシク)は、組織内部にいる潜入捜査官を使って後継者争いに介入することを決定。その警官とは、チョン・チョンの弟分としてすでに8年も組織に潜入していたイ・ジャソン(イ・ジョンジェ)。いつまでたっても終わらない捜査に疲れ果て葛藤していたジャソンだが、妻の事情などもあり、彼はヒョンチョルに従う他なかった。一方、ヒョンチョルはチョン・チョンと取引をし、ドンチュルを逮捕する。しかし、この一件によりジャソンの身分が疑われはじめ・・・

暴力的な映画が面白い理由の一つには、普段見ることができないものを見せてくれる、ということが挙げられると思う。暴力は恐ろしいが、そこには普段は見られない現象に対する驚きと発見がある。それゆえに、暴力は見て面白いと思えるのだろう。これは例えば宇宙空間だとか、孤独なサバイバルだとか、列車がこちらに向かってくる様子だとか、そういったものと同じような興奮であるとも思う。
本作は私たちを驚かせてくれる暴力シーンから始まる。セメント、ドラム缶、海、という3つのキーワードから連想されるものの、おそらくはその上をいく非人道的処刑シーンで幕を開けるのだ。何とおそろしい映画だろうと思いつつ、いったいこれからどんなことが起こるのだろうとわくわくするオープニングだ。
しかし、全編を通してみると意外にも暴力描写は少ない。量もそうだが、直接的な描写があまりないのだ。ただしこれはガッカリというわけではなく、後述するが本作はやはり潜入捜査におけるサスペンスや葛藤がメインであり、バイオレンスは観客を引きつけるショック的な役割として効果を発揮させようとしたからであろうし、そして実際、各暴力シーンはそのようになっていたのではないか。
そして本編で最も暴力が発揮されるのは後半、チョン・チョンにイ・ジュングの部下たちが襲いかかる大乱闘シーンである。敵味方入り乱れる中、場面は地下駐車場からロビー、そしてエレベーターへと流れ込む。何より凄いのは、このエレベーター内での殺し合いである。狭い箱の中で何人もの男たちが凶器(得物がバットや包丁というあたりに韓国らしさを感じる)を振り回しチョン・チョンに襲い掛かり、一人、また一人と殺されていく中、所狭しと大の大人たちが殺意をむき出しにしていく。すごいアクション演出だ。カメラは、その死闘を俯瞰の位置へと上がって映し出す。いったいどう準備・撮影したのか、とても気になるシーンであった。こんな記憶に残るシーンが一つでもあれば、もうある程度は満足というものだ。撮影はパク・チャヌク組のチョン・ジョンフンによるもの。なんとなくだが、画面がパキッとしているというか、色が深いというか、そんな感じもした。『イノセント・ガーデン』の感想でも画面設計については触れたが、撮影監督の特徴でもあるのだろうか。この辺は僕にはよくわからない。



暴力的な世界を描くと、それは大体の場合男性的な世界を描いた作品となる。本作もやはり女の存在は薄く、男同士の友情や裏切り、組織の中でののし上がりなどが重点的に描かれていた。中でも、チョン・チョンとジョソンの関係性が大きなポイントとなっており、これが男泣きを誘う。
彼との関係は、友情でもあり、兄弟のそれという感じでもある。しかし、ジョソンには職務がある。もし身元がバレれば、いくら取り繕うともおそらく冒頭で殺された男のようになってしまうだろう。一方、ジョソンに危険な役割を強制させるヒョンチョルは、彼にとって父親のような存在だ。一歩間違えれば即死亡の世界。自分のしていることには耐えられないが、親の指令を無視するわけにもいかない。その葛藤と決断によるドラマ、そしてサスペンスが、大きなヤクザ組織の年代記と共に語られる。それは、監督が好きだと答えている『ゴッドファーザー』『インファナル・アフェア』『エレクション』などと共通する要素だ。また、チョン・チョンの風貌は『仁義なき戦い 広島死闘篇』の千葉真一を思わせるし(内面は似てないが)、内容としては『アニマル・キングダム』というオーストラリアの犯罪映画とも共通点があると僕は思った。



そんなドラマをより強固なものにしているのは、役者陣の顔である。韓国映画に出てくる「顔」については『悪いやつら』の感想でも触れたが、個性的かつ、ちゃんと顔とキャラクターの個性が合っているのだ。単に流行り廃り興行見込のキャスティングではない。特に本作の場合、本心を語れない分顔の演技というのは非常に見所になっているし、後半のある決断以後(ちなみにこの決断が進行方向を示す道路標識でも表されているは面白かった)を鑑みても、顔というのは重要な要素だったと思う。脇まで個性的な顔をした奴らが、ドラマをより魅力的に彩るのだ。



もう一つ韓国映画らしい要素に、華僑というものがある。ジャソンもチョン・チョンも、中国系の韓国人だ。そんな彼らは韓国人からは罵倒もされている。パンフレットによると、華僑は韓国内で差別を受けていた過去もあり、それは現在も完全に改善されてはいないが、ここ10年近くで中国に進出した韓国企業が華僑を積極採用したりと変化もあるという。また、チョン・チョンが雇う殺し屋は中国からきた朝鮮族である。こういったことを考えると、この映画はやくざ年代記としてだけでなく、韓国の民族史としても面白い面が見えるのではないか。そんなことを考えたりもした。



数々のやくざ映画のエッセンスを抽出し、その上で独自の味付けを加えて見せる。これはスコセッシオマージュの炸裂している『悪いやつら』もそうだったが、このように過去を踏まえつつ、新しい面も魅せるやくざ映画が2年も連続で見れて僕は非常に楽しく思った。ホモソーシャルな世界観や暴力、画面設計、それに「偽ブランドの時計」など小道具も効いてて非常に面白かった。『新しき世界』はまだ『ゴッドファーザー』のような年代記として作る余地もありそうなので、そういう点にも期待したい。

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