リンゴ爆弾でさようなら

91年生まれ。新作を中心に映画の感想を書きます。旧作の感想はよほど面白かったか、気分が向いたら書きます。

『アクシデント 意外』を見た。

一寸先は病み

ソイ・チェン監督による2009年の香港映画。僕の住んでいる地域ではようやく公開。まあ見れないよりはましなんですが、もっと早く日本に入ってきてほしいもんですね。
さて、この作品の宣伝ではジョニー・トーが制作をしているという事を押しだしているように思います。かく言う僕もそれが目についたので内容も知らず見に行こうと決めました。おそらくこの部分が日本公開の助けになったのだろうなぁ。日本でもジョニー・トーというブランドが定着しつつあるようです。



人がごった返すある香港の街並みの中、一人の男が割れたガラスの下敷きになり死亡した。警察はこれを事故と判定。しかし実際はある暗殺チームの暗躍による<仕組まれた事故>だったのだ。彼らはプロとして数々の仕事をこなしてきたのだが、ある日アクシデントが起こる。偶然起こった事故によりチームの一人である太っちょ(ラム・シュー)が死亡してしまったのだ。これにリーダーであるブレイン(ルイス・クー)は「これは事故ではなく殺人なのではないか・・・」という疑問を抱く・・・というストーリー。



この映画、基本的に説明的なセリフを使わず物事を描写してしまうあたり、やはり上手いなぁと思います。ジョニー・トーの映画もそうですが、本作もその辺しっかりしてました。ブレインという人物が非常に注意深い人間であるということや、孤独な存在だという事をちょっとした行動でしっかり見せるんですね。
それと印象的なのは香港の街並み。なんというか、ごちゃごちゃしてる感じが独特なんですよね。本作は日常の風景というのが重要な要素だと思うで、そのあたりも注目です。



そんな日常の中に現れる突然の事故。冒頭でその事故の様子を見せるのですが、これが面白い。日中、嘘の偶然が重なり合い起こる惨劇はピタゴラス一致的と言うか、映像としての面白がある。また、ブレインらが暗殺のプロであるということもここでしっかりわかる。さらに後に繋がる不安要素もしっかり入れてあるのだ。映画のつかみとしてはバッチリだろう。
そのあとに引き受ける暗殺のシーンは対照的に夜の香港が舞台。しかもどしゃ降りの雨の中で起こる事件ということで、見た目的でも差別されている。ちなみにここでの夜の街の映し方はジョニー・トーのタッチに少し似ているように感じた。



さて、本作はその夜での暗殺実行の際起こった、ある事故から色を変え、疑心暗鬼の渦に飲み込まれていく男のドラマになっていく。ブレインの頭の中に浮かんだ考えが、彼を疑惑と孤独の淵に追いやっていくのだ。ここの追い詰められていく描写はルイス・クーの演技と相まって結構面白い。
そんなほとんどビョーキな彼の視点から映画は語られるため、観客は彼と同様、だれも信用できない世界を見ることとなる、ただ、良く考えれば彼がする行動は常軌を逸しているため、彼を本当に信用してよいのか、非常にあいまいなバランス感覚の映画になる。
ここに昨年公開されたジョニー・トー監督『MAD探偵』との共通点が見られる。どちらも登場人物が正しいのかどうか微妙なラインに立たされる映画であった。また鏡や妻という映画の中で重要な要素も一致している。自分のしてきた仕事が実生活をまともに過ごせないほど影響によるを持ってくるという事では『ミュンヘン』も思いだした。



物の見方は見る人によって変わる。世の中は主観の産物であり、目の前で起こる出来事は人により解釈が異なる。この映画のような特殊な出来事に頭を悩ませる人はいないとはあまりいないと思うが、ただの偶然も必然では・・・?と思う事は僕たちの人生においてもないことはない。
例えば、学生時代、クラス会というものが開かれても自分は呼ばれなかったとしよう。それについて「たまたま連絡がつかなかった、忘れてた」と言われた日にはどうだろう。これを文字通り受け取るだろうか。クラスで嫌われてるのでは・・・と思いやしないだろうか。まぁあんまりうまい例えじゃないかな。
ともかく、疑惑に囚われたら抜け出すのは意外と難しいもので、他人からはバカバカしいと思われることでも深みに嵌っていったりするものだ。勝手に破滅していく人間の心の脆さ、本作はそのような事を言っているのだと僕は感じた。



一応、不満だった点も書いておく。この映画は非常に静かな映画で淡々としているのだが、ブレインが心理的に不安定になってからはもっとサスペンスとして盛り上げてほしかったなと思う。先程書いたようにうまく描写してるし演技もいいと思うが、物足りないと僕は感じた。
それと『MAD探偵』と比べてフレッシュな描写がないというのも物足りない。あちらは非常に印象的な鏡の使い方をしていたし、妻の描写も痛々しくて心に残るものがあった。しかし、こちらはそこまではいかないのだ。
ラストの印象が薄いのも残念。その手前でかなりの大技をやっているのでそう思ったのだと思うが、どうせなら今度はほんとに・・・という感じにしてほしかった。



と、文句も書きましたが、面白いと感じるシーンもいくつかあるし、見て損はないでしょう。ジョニー・トーファンなら必見です。

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