リンゴ爆弾でさようなら

91年生まれ。新作を中心に映画の感想を書きます。旧作の感想はよほど面白かったか、気分が向いたら書きます。

『ドラッグ・ウォー 毒戦』を見た。

毒を食らわば皿まで

ジョニー・トー監督最新作で、記念すべき監督50作目。ジョニー・トーにとって初めて香港ではなく、中国を舞台にした作品となった。主演はルイス・クーとスン・ホンレイ


中国の津海。車で衝突事故を起こした男が病院へ搬送された。男はテンミン(ルイス・クー)といい、持ち物から彼が麻薬密売に関わっており、爆発した麻薬工場から逃げだしてきていたことが判明。時を同じくして、麻薬を体内に隠していた運び屋を検挙し病院へ訪れていたジャン警部(スン・ホンレイ)は彼を尋問する。麻薬の密売によって死刑になる事を告げられたテンミンは、減刑と引き換えに情報を渡すことを承諾。二人はアジア全域に広がる麻薬組織の壊滅へと動き出す。

ジョニー・トー監督作品には驚きがある。銃撃戦、狂人の視点、スリ合戦、長回し。多彩なジャンルを手掛ける巨匠だが、どの作品でも「そんなことするか」「そんなことありか」と言いたくなる、一風かわった視覚的な驚きがあるのだ。そのため、彼の作品は常に個性的で面白いと思えるのだろう。
本作で最も驚かされるのは、最後に待ち受けている大人数が至近距離で銃を撃ち合う場面だろう。車の密集した道路で、警官と香港7人衆なる黒幕たちが撃ち合う緊張感と空間の見せ方。派手一辺倒でもない展開にカメラとの距離。これがうまいのだ。もちろん、真昼、道路での銃撃戦といえば『ヒート』だが、それとは全く違うテイストで、かといって『ザ・ミッション』の狭い通路や『エグザイル/絆』の冒頭にある家の中での銃撃戦等で見られる静謐なカッコよさとも違う。これは他では見たことのない、驚かされるシーンであった。
他にも、中盤の銃撃戦には驚かされた。これはもちろん撃ち合う姿もそうなのだが、誰が、というのが面白いところ。いかにもマヌケそうな奴らが、ひとたび戦闘態勢に入ればその姿はまさにプロそのものとなる。一瞬で危機的状況を反転させる説得力。それを全身に漲らせているところが素晴らしい。あの場面は思わず笑って、その後に拍手したくなるほどに面白い場面であった。



ところで本作の銃撃戦はジョニー・トーの他作品に比べ、(過剰なまでの)カッコよさはない。それは何故かと言えば、ルイス・クー演じるテンミンの、みっともないほどの生への執念。これがあるからだろう。他のジョニー・トー作品では、生よりもプロとしての、もしくは男としての生き様というものを優先させている者たちの姿が、カッコよさに繋がっていた。しかし今回はそうではなく、より泥臭く、そしてドライで殺伐とした作風によって、麻薬を巡る殺し合いについて描く。それゆえに、カッコよさは薄まっているのだろう。
本作において素直にカッコいいと思える場面があるとすれば、ジャンの執念を垣間見ることのできる場面がカッコいいと言えると思う。物語最後に登場するその場面は、プロとして譲れない部分を見せているから、カッコいいのである。
しかしこのジャン刑事の描き方も面白い。犯罪者とのバディ物にするでもなければ、この刑事にも感情移入させるようなことはしない。彼は執拗に麻薬事件を追う刑事であり、運動能力だけではなく、機転も効くし演技もできる。だが、彼がどういう「人間」なのかはよくわからない。普通なら描かれるところを描かないからだ。それは悪いわけではない。そういったウェットなドラマがない分、ドライで殺伐な作品であるという印象が強くなっているのだろう。



麻薬に関わった者と、その先にある死刑というものの恐ろしさをこの殺伐さは伝えている。しかし、僕はルイス・クーの最後に関しては、「まぁ、そうですか」という感想を持った。最後で急に「怖いでしょう、だから、麻薬に手を出しちゃいけないよね」なんて道徳的なことを言われた気分だ。そりゃもちろんその通りだが、簡単に死を与えてしまうことで、どこか単純な話になってしまったようにも僕は思った。106分と、話が大きな割にタイトでスリリングに仕上げた素晴らしい作品だと思っただけに、そだけが残念だ。



そんな物語の中にあっても、小便に駆けだす警官や、たばこケースの下りなど笑いを忘れなかったり(しかもたばこに関してはそれがサスペンスや伏線にすら変貌する)、ハッタリで危機を乗り切ったりするのも楽しい。ハハを逮捕した後、灯台(?)の光で照らされる中、大捕り物が行われるシーンの映像もとてもカッコいい。中国公安の検閲などいろいろな制約があったらしく、「中国大陸で撮ったジョニー・トーであると思ってほしい」と言っているが、それでもやはり「らしさ」はしっかりある作品で大変面白かった。過去作だと『デッドポイント〜黒社会捜査線〜』が一番雰囲気は似ているが、だからと言って、同じ、という事はもちろんなく、新鮮な面白さを味あわせてくれる。ジョニー・トー。やはり恐るべし。

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