リンゴ爆弾でさようなら

91年生まれ。新作を中心に映画の感想を書きます。旧作の感想はよほど面白かったか、気分が向いたら書きます。

『ブラックハット』を見た。

囲まれた世界
『ヒート』『インサイダー』『コラテラル』等で知られる巨匠マイケル・マン5年ぶりの新作。主演にはクリス・ヘムズワースワン・リーホンタン・ウェイ、リッチー・コスターら。


香港の原子力発電所がハッキングにより冷却ポンプを破壊され、大事故を引き起こした。中国軍情報部のチェン・ダーワイ(ワン・リーホン)は目的不明のハッカーを調査するが、すぐさま第2の事件が起こる。大豆の先物取引が24時間以内に急高騰したのだ。FBI特別捜査官バレット(ヴィオラ・デイヴィス)の進言により、中国とアメリカが手を組みこの捜査に当たることとなるが、そこでダーワイは収監中のハッカー、ニコラス・ハサウェイ(クリス・ヘムズワース)を捜査に協力させるべきだと提言する。犯人が使用したマルウェアは、かつてハサウェイが開発したソフトウェアを応用したものだったのだ。ハサウェイやダーワイの妹でエンジニアのリエン(タン・ウェイ)の力によりハッカーの調査を進めるが、そのことに気付かれたチームに危険が迫っていた・・・

美しい夜景がある。その夜景を見下ろす空撮が繰り返される。その夜景を一望できる屋上に男と女がいる。素晴らしい見晴らしである。青空もある。青空の下にはまたしても見晴らしのよい空間が広がっている。その空の下で、サングラスをかけた者たちが歩いている。この者たちはプロフェッショナルである。彼らは顔で語る。銃で語る。行動で語る。彼らが車に乗る。ボートに乗る。ヘリに乗る。これがつまり、マイケル・マンの映画である。


マイケル・マン5年ぶりの新作はハッカーを題材にしているものの、蓋を開けてみれば情報戦がメインになるわけでもないしハッキングの描写はおざなりであり、どうもハッカーは、現代の銀行強盗であるかのように描かれていたように思う。となると結局はいつものマイケル・マン。先ほど書いたような美学に貫かれた映像を楽しめばいいのであり、舞台がアメリカでなくともその夜景都市の美しさに酔いしれさせてくれる。またマンの映画ではクローズアップが印象的に使われる。画面端には極端にアップされた顔があり、その後ろの背景や斜め後ろに居る人物を入れての構図は、お馴染みの画であるように思う。ちなみに画面といえば、アパートの階段手前で遊ぶ子供たちのショットが妙に心に残る。
そしてマイケル・マンといえばやはり男の映画である。男たちは台詞ではなく視線や行動で自らを語る。本作においてその最たる例といえば、まず連邦保安官補ジェサップが見せる勇姿である。ハサウェイさを狙う犯罪チームと銃撃船になった際、車から身を乗り出しつつ敵を的確に撃ち、降りた後も圧倒的火力差の中的確に一人ずつ撃つ姿はかっこよすぎるだろう。彼は無言で、そのプロフェッショナルなキャラクターを見せ切る。
対峙する犯罪チームの、先頭におけるリーダーと思しき男・カサールもまた素晴らしい。面構えが最高だ。例えば初めてハサウェイらと対峙し激しい銃撃戦を繰り広げた後、カサールらはボートに乗りその場を脱するのだが、用事を済ませた後ボートで引き返してくるのである。夜の海の上、彼の顔がアップで映し出される。ここが最高なのだ。



さて、マイケル・マンと男といえば当然銃撃戦とその音響は外せない。曲がりくねった地下道から始まりコンテナ越しに撃ち合う場面(コンテナに穴が空く)。道路の真ん中で爆発する車とそこから突発的に始まる撃ち合い。そしてジャカルタのパレード。ジャカルタの場面に関してはマイケル・マンにしては珍しい武器を選択していて面白いというのもあるが、これらの場面で気になったのは、やけに長方形が目に付くことである。例えば地下道を抜けた先にそれはある。カサールらはそれを盾にしてコンテナ越しのハサウェイらと応戦する。道路の真ん中突如として始まる銃撃戦では、ハサウェイとリエンが長方形を背にして身を守る。もしくはヴィオラ・デイヴィス演じるバレットはそびえ立つタワーを目にしながら死んでゆく。ジャカルタでは、パレードの出し物と思しき美女が躍るステージにそれが配置されている。だったら何なのだと言われるだろうが、画面を囲むように彩る長方形は、本作の画面を規定しているようにも僕には思えた。



さて、本作はプロフェッショナルな男の映画でもあるが、マイケル・マンは女も美しく撮る。タン・ウェイ演じるリエンとハサウェイが初めて出会った直後、かき上げた髪を、腕をアップで映す場面がある。その後もう一度髪をかき上げる場面がある。なんてことはないが、これがいい。そうしてハサウェイとリエンは恋に落ち、リエンの兄でハサウェイの友人であるダーワイがここに絡まりドラマが紡がれる。特にいいのは終盤、ある事件が起こってからのハサウェイとリエンであり、彼らは会話なしにお互いの心情を、いや、心情などという穏やかなものではない感情の沸騰を共有しあっている。その沸騰は祭りの中群衆とは真逆に歩くハサウェイの横移動によって盛り上がり、やがてそれがカサールに到達した時、情念の接近戦が展開し、寡黙な人間たちの対決と恋愛のドラマが結実する。『ヒート』のような歴史的傑作よ再びとはいかないかもしれないが、マイケル・マンはまだ衰えていない。そう思えるような作品にはなっていたと思う。