リンゴ爆弾でさようなら

91年生まれ。新作を中心に映画の感想を書きます。旧作の感想はよほど面白かったか、気分が向いたら書きます。

『哀しき獣』を見た。

狂犬の墓場

皆大好き韓国バイオレンスの新作です。監督は『チェイサー』のナ・ホンジンで、本作はまだ監督2作目だそうです。非常に評判のいい作品だったので期待して見に行きましたよ。



中国にある延辺朝鮮自治州でタクシー運転手として働いているグナム。彼はかつて妻や娘と共に生活していたものの、生活苦のため娘はグナムの母のもとへ、妻は韓国へ出稼ぎに行ったまま戻らず、送金もない。グナムには妻を韓国へ送るために作った借金6万元を返す金もなく、賭け麻雀に手を出すも負け続ける。そんな中、ミョン社長という地元の犬商人から借金を返済するため韓国で人を殺してこないかという損団を持ちかけられる。苦悩するもグナムは妻を探す目的も含め、韓国へ黄海を渡り密入国する・・・と言うストーリー。



朝鮮半島といえば複雑な民族事情があるのはもちろんですが、中国に朝鮮自治州なるものがあるというのは初耳でした。この地域に住んでいる人間は中国でも韓国でも差別されているというか、ないがしろになれているんですね。映画序盤には彼らの劣悪な生活環境とグナムの堕落した生活が映し出されます。この辺の問題をチュ案と描写しつつパッと説明してるのがよかったですね。
またここでは檻に入れられた犬たちが出てきますが、これは底辺で牙をむき出しにして生きる人間を象徴しているようでした。冒頭にも行く末を暗示するような狂犬病のモノローグがありますしね。
密入国するシーンも非常に印象的。黄海を渡る船の中にでは社会のルールは存在しない。殺人を請け負った彼が、この海へ出てしまった時点でもうたどり着く先は決まっている。グナムはたった一人で引き返すことのできない闇の世界に踏み入れたという事がここで示されるのです。この映画は原題が「黄海」なのですが、その意味が様々に読み取れるようになっています。
韓国に入ってからの一連の流れもいいですねー。まず10日以内に仕事をこなさなければいけないという事が提示され、その中でグナムは慎重に殺害計画を立てます。ここで「おっ、これは」と思うのは照明の点灯時間を使うくだりですね。あれは面白い。



そうして殺人の計画を立てたグナムが韓国裏社会やミョン社長らの思惑に操られ、警察も含めた四つ巴となって怒涛の追跡劇になっていくあたりの展開は上手い。ドンドン話が動いていく様は確かに興奮します。
しかも面白いのは基本的に登場人物のだれも事件の全貌を把握していないということですね。故に見ている側も何かわらないうちに孤立無援で冷酷な血まみれの暴力世界に放り出された気分になるんですね。


ギラギラした凶暴性むきだしの男たちが、その衝動をスクリーン上でぶちまける姿はかつての東映映画のような魅力がある。餓えた獣が地べたを這いずりまわりながら生きていくさまはほんとに最高で、特にキム・ユンソク演じるミョン社長の凄まじさは相当のものです。血まみれで斧を持った姿の怖さと言ったら!獣の骨でボッコボコに殴り殺すなんてのも似合ってるんですよね。いやしかし斧やら包丁やらハンマーなど、凶器描写はさすが韓国と言う感じです。



ただ苦言もあって、一番難があるのはストーリーの部分でしょう。ちょっとこねくり回し過ぎたのか、明かされる真相も唐突だし(ただ、凄惨な殺し合いがあんな下らないことにより起こったというのは面白い)、何より分かりづらすぎ。もっと簡潔にした方がギラギラした魅力のあるこの映画では良かったと個人的には思います。妻のエピソードも、朝鮮人の追い詰められた状況ということも含めそれなりに機能してると思いますがラストはいらないんじゃないでしょうかね。



というわけで、物語のわからなさを除けば基本的にかなり楽しめました。他にもキャラクターの特徴を服装や食事で表すところも上手いと思います。やるせないというか、非常に厳しいラストも印象的で好きですしね。『チェイサー』よりも僕は好きですし、こう言うノワール的な映画が好きな人は見るべきだと思います。


ところで、僕の見た劇場だとフィルムじゃなくブルーレイでの上映だったんですよね。それでなのか、画質が粗くて・・・全体に画面がぼんやりしていてカメラが揺れるところはほんと見づらかった・・・。しかも右のスピーカーからずっと「サーッ」って言ってるしね。こういう状況でなければもっと良かったと思えたのかもしれません。