リンゴ爆弾でさようなら

91年生まれ。新作を中心に映画の感想を書きます。旧作の感想はよほど面白かったか、気分が向いたら書きます。

『アニマル・キングダム』を見た。

おいでよ、どうぶつの檻。
メルンボルンに実在した犯罪一家を元に描いたオーストラリアの映画。タランティーノが2010年の映画ベストで3位と絶賛したらしいですね。監督はデヴィッド・ミショッドと言う方で、この作品が初長編だそうですよ。



ヘロインの過剰摂取で母親が死んでしまった17歳の少年ジョシュアは、つき合いを避けていた祖母ジャニーンに連絡する。ジャニーンは快く事後処理をし、ジョシュアを自分の家に住ませる。そこには彼のほかに一見温厚そうな3人の息子も住んでいた。しかし実際の彼らは麻薬や強盗に手を染めた犯罪者であり、全てを仕切るジャニーンも含めそこは「野獣の王国」であった・・・というストーリー。



※ネタバレです。



ジョシュア役のジェームズ・フレッシュヴィルがすごいですね。前半はずっとぽかぁと口を開けてなんかよくわからない人なんですよ。冒頭の母親が死ぬシーンでも全く感情を見せない。隣で母親が死にそうなのにボーっとテレビ見てるんですね。感情の動きが見えないんです。
さらに自分も一家の犯罪に加担した後でも「俺には関係ない」とか言ってるんで「アホか」と思うんですね。なんかぬぼーっとしてるんです。警察と一家の間でもどっちつかずと言う感じ。何がしたいのかわからない。


彼は自分の居場所や、これからどうしていけばいいのかと迷っているように見える。このまま一家にもいられない、良くしてくれる警察は利用しようとしているだけかもしれない。彼女の家族に入ることもできない。自分はどこに行けばいいのか。

これは彼のような特殊な状況にいなくとも青年期にはよくある問題だと思います。自分には無関係だと思っていた社会が、いつのまにか目の前に避けられない問題として迫ってくるのですね。それでどうしていいか分からなくなる。
それが普通はモラトリアムと言われる期間を経てやって来るのに対し、彼にはそれが突如として襲ってくるんです。そして最後にはどうするか自分で決めなきゃいけない。そういったテーマも本作にはあるんだと僕は思いました。



他にもジャニーンを演じたジャッキー・ウィーバーもすごくてですね。最初はすごい親バカみたいな感じで、子供をいつまでも幼い子のように扱うんです。しかし彼女が恐ろしい人間だとじっくり分かっていくんですねこの映画は。だんだん彼女のハグやキスという行為が支配なんだと思えてくるんです。彼女こそ王国の権力者であるということが、その恐ろしい素顔と共に見えてくる。野獣の王国とはいえ、1人を除いて息子は母親の支配と言う檻の中にいるだけなんです。
その中でポープ伯父さんを演じたベン・メンデルソーンは本当に野獣だった。彼はこの映画で一番目立って怖い人。あんま計画性もないところもポイント。ジョシュアの彼女であるニッキーを殺すシーンなど本作でドキリとさせる担当でしたね。この人が映ってるシーンは恐ろしい迫力があります。



ラスト、ジョシュアはニッキーを殺された復讐からかポープを殺します。それを悟ったジャニーンは前のような甘さのある抱擁ではなく、戸惑いつつ手を回す。もう彼女の支配の元にいるという構図がこの場面では成り立っていないからでしょう。そもそもこれは復讐と言う正義の行為なのかも怪しい。結局ジョシュアも<王国>でしか生きられない野獣であり、そこの新しい王となるべくしてなっただけなのかもしれない。



というわけで地味ですが俳優の演技が光るいい映画でした。ジョシュアに警察官が無言で銃を突きつけるところとか印象的なシーンもあったし、ショッキングな部分もあり楽しめましたよ。

ただ、個人的にはもっとこの犯罪一家の凄さを見せるシーンがあればよかったなと思います。地味すぎなんですよね。僕は映画に娯楽性も求めてるのですごくいい映画だけどそこは惜しいなと。犯罪映画だしもっとそこ見せろ!と思いました。彼らの行為が描かれるのは基本冒頭の監視カメラの映像でだけですよ。ちょっとねえ「王国」には思えないかな。そこは描こうとしてないのは分かりますが、あれば個人的にはもっと良かったのにと。