リンゴ爆弾でさようなら

91年生まれ。新作を中心に映画の感想を書きます。旧作の感想はよほど面白かったか、気分が向いたら書きます。

『おおかみこどもの雨と雪』を見た。

花鳥風月アニメーション
細田守監督最新作。人間の女性・花とおおかみおとこの間に生まれた、雨と雪という2人のおおかみこどものお話。



何よりもまず、とにかく演出が冴えまくっている映画だった。非常に細かく物事を描写し、衣装や本棚など、さりげない事で物語を語のため、ただ画面を見ているだけでも魅力に溢れているのだ。花とおおかみおとこが同棲し始める場面なども、何も派手さはなくとも、さりげない日常描写が非常に心を打つ。彼らはこの世界に存在し、ひっそりと、しかし確かに生活している。それが感動的にすら見えるのである。
そういったなんてことのない場面が非常に印象的な映画だが、演出が特別際立つ場面もある。例えば、教室をカメラが横移動していくことで時間の経過を表すシーン。これには感嘆させられ、さらに後半、カーテンを使ったあるシーンなどは、こんなものを見させられたらもう、全面降伏である。繰り返される階段と鏡の使い方は、意味はまだ明確ではないけれども、面白いと感じた。



とはいえ、日常を細かく描写するのなら、もういっそ実写でいいのでは、と思うかもしれない。しかし本作は、アニメーションでしかできない面白みがしっかりある。そもそもにしておおかみこどもというファンタジックな題材からしてそうなのだけれど、例えば花と雨と雪が雪原を駆けるシーン。始めは人間の姿をした雨と雪が、だんだんおおかみへと移っていく場面の躍動感と美しさにはアニメーションのみが得ることのできる快楽を宿している。また雪が怒った時におおかみへとだんだん変身してしまう様のかわいさも、アニメ以外だと表現しづらいであろう。



さて、物語の方はというと、ざっくりいえば母と子の物語で、子供が母親を超え、自立していくという話であったと思う。花はあることをきっかけに自分の属していた社会から離脱することになる。そして子供たちも、成長するにつて母のもとをはなれ、それぞれが選んだ社会の中に飛び込んでいこうとする。雪は、母から絶対にしてはいけないということをすることで。雨は、ある人と同じような「死」を体験し、次第に母から離脱していく。そうやって子が母から離れていったラストからは、残された母の、少しの寂しさがうかがえる。ここは小津映画のようでもあった。



ところで、花がおおかみ男に惚れ、正体を知って上でも結ばれることを望んだのは何故だろう、そんなことを見た直後は思っていた。しかし本作における‘おおかみ’とは、と考えると、それも納得できるものであった。
花の大学生活はどうも孤独そうである。友達とご飯を食べたりはしないし、授業の後に誰かと遊ぶようなこともなくバイトをし、一人暮らしの家へ帰宅。また、彼女は父子家庭で育ち、その父も今やいないことも描かれている。彼女は孤独を抱えた存在なのだ。そんな彼女が見つけたのが、同じく孤独を抱えるおおかみおとこなのである。ここで‘おおかみ’とは孤独の象徴だと言えるだろう。そして同じ孤独を持った者同士は惹かれあってゆくのだ。
これは後に雪にも降りかかる。小学校に入学した雪に対し、転校生の少年がある一言を言うのだが、なぜ彼はそれに気づくことができたのだろう。それはおそらく、彼も家庭の事情故に孤独感を抱えていからだ。そのために、アイデンティティの揺れや、マイノリティゆえの不安を抱える雪に、彼は無意識ながら共鳴したのだろう。
ちなみに、雪はその少年に対し自らの狼性を表出させる場面がある。しかし、ここも表現上は狼であるけれど、行為自体は普通の人間でも十分にしうるものである。これらのように本作における‘おおかみ’には人間誰しもが持っている普遍的なものを代入させることができるため、単なる特殊なお伽話には終わっていないと思う。



思い返せば前作『サマーウォーズ』は大家族の絆を描きながらそれが閉じこもった絆にも見える作品で、他人(ネット)は、いくぶん理想化されたものだったと思う。それゆえに僕はあの作品には若干の居心地の悪さを感じてしまう。やはり、『僕らのウォーゲーム』での、応援メールでパソコンがフリーズするであるとか、本作の花の態度というのが、僕にとっては好きなバランスなのだ。他人の行為が純粋に救いになるわけではなく、むしろ逆になる場合があるかもしれないと、それらの場面は言っている。本作で花は、他人を切り離す(全く取り合わないという意味ではない)という選択をする。そのために、母は強しという理想化された側面が目立ってしまっているようにも思うが、しかし細田守はもしかしたら、友人や恋人、親類ならともかく、他人との絆なるものを簡単には信用していないということなのかもしれない。
とはいえただただそれを悲観するのではなく、映画の中では他人に受け入れられることを感動的に描いているのも確かではある。まぁ、田舎描写に関してはこれまた理想化されている感じがしないわけでもないのだけれど、最後まで中に閉じこもっていた『サマーウォーズ』とは違い、外へ旅立たせるという展開と自己他者関係のバランスゆえに、僕はこの作品が好きなのかもしれない。



というわけで、アニメーションもドラマも素晴らしい、大変いい映画だったと思う。何でもないことを丁寧に積み重ねまとめあげていく。その点において、やっぱり細田守の手腕は凄いなと再認識させられた。難点としては、やはり上にも書いたように母親が超人に見えすぎるという事だろうか。確かに、シングルマザーの大変さがかなり省略されているのは確かなのだが、この映画は娘の回想という形式を取っているのだからそう見えても仕方ないと理由づけることも出るだろう。強引かな?
『劇場版デジモン』の2作『時をかける少女』に『サマーウォーズ』が、そえぞれを少年期、友情、恋、家族づきあいを描いていたのを鑑みると、結婚と子育てを描いた本作は、なんだかその流れにおいて一つの締めくくりみたいな感じに見える。次回作は中年でも描いて、本格的に小津の世界に突入するのだろうか。なんにせよ、これまで細田守作品を見てきた人には、そういう視点でもおすすめできるし、もちろん、全く見たことなくたって、アニメーションとして純粋に面白く、誰にでもおすすめできるだろう。あと菅原文太がほぼ菅原文太みたいな感じで出てくるので、そちらもファンにはお勧め。

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