リンゴ爆弾でさようなら

91年生まれ。新作を中心に映画の感想を書きます。旧作の感想はよほど面白かったか、気分が向いたら書きます。

『任侠ヘルパー』を見た。

任侠の道、容易からず

フジテレビの人気ドラマが映画化、ということで映画ファンからは基本喜ばれることのないドラマ上がり映画ですね。主演はドラマに続き草磲剛。監督は『容疑者Xの献身』や『アマルフィ』等で知られる西谷弘。

暴力団から足を洗い、堅気になった翼彦一(草磲剛)はコンビニで働いていたが、強盗に入った老人に金を渡してやったことから共犯とみなされ、警察に逮捕されてしまう。刑務所に入った彦一はそこでその強盗を働いた老人、蔦井(堺正章)と再会し、助けてもらった礼に「困ったら訪ねてみろ」と極鵬会を紹介される。数か月後、出所した彦一を待っていたのは、強盗に入られたとき共にバイトしていた山際(風間俊介)だった。行くあてのない二人は極鵬会へ赴き、劣悪な老人ホームに老人をおしこめ、年金や生活保護を巻き上げるというシノギを任される。初めは淡々と仕事をこなす彦一だったが、老人たちや蔦井の娘、葉子(安田成美)と出会ううち、次第に自分の仕事にいらだちを感じ始める。さらに都市開発計画の一環として介護施設建設に力を入れ、ヤクザ一掃を目標に掲げる八代議員(香川照之)も彦一に目をつけ・・・というストーリー。


先ほども書いたように映画ファンから毛嫌いされるドラマ映画。僕も嫌いです。しかし、結論から言いましょう。これは面白いです。以下若干ネタバレ含む。



この映画の何がいいって、草磲剛である。冒頭、コンビニでのシーンから普段テレビで見る優しい顔つきとは違い、強面で、ダークな雰囲気を持った元ヤクザに、一挙一動なりきっており迫力がある。劇中でも高倉健市川雷蔵に似ていると言われるが、確かにどこか市川雷蔵に似ているかもしれない。
見た目だけでなく、キャラクターも良い。一見乱暴で怖い男に見えるが根はやさしい男、といったようなステレオタイプではなく、暴力も裏切りも厭わなく、必要ならば感情を挟まず老人から金を巻き上げたりするかなり非道な男だ。しかし、心の底では弱きを助け強きをくじくという、本物の男、任侠道にのっとった男になりたいと願っているのだ。この善悪の境界で揺れ葛藤しているのが面白い。



そんな男に任されるのは老人ホーム。家族に見放され、国に見放された老人たちの生活保護や年金の金をやくざがかすめ取る。もちろんちゃんとした施設なわけもなく、狭い部屋に押し込められた老人たちは汚物も片づけられることなく、まともな食事も与えられていない。
彦一は、初め生きるために老人たちを食い物にする。しかし、もともと任侠道を重んじる性格であることや、痴呆の母を持つシングルマザーの葉子とその家族との触れ合いを通じて自分のしていることに嫌悪し始める。


この映画は地方自治と介護の闇を描いている。痴呆症などにより家族からは追い出され、高い入院料は払えないからと施設にも入れてもらえない老人たち。そんな老人の数に対して施設は不足、よしんば施設に入れてもらえても人間扱いもされない環境。介護ヘルパーの数も不足。国はそれに対して大した対策もしない。そういった問題をこの映画は突きつけるのだ。
また地方都市の閉鎖性についてもこの映画は考えさせられる。そんな酷い環境なら抜け出せばいいじゃないかと思う。しかし、キャバクラ嬢の茜(演じるのは夏帆)のエピソードでもわかるが、そうはいかないのだ。さまざまな要因が彼らを縛り付ける。


加えてこれは人生に行き詰った人たちの物語である。先ほど書いたように老人たちはもちろん、彦一は帰る場所もなく、もちろん頼れる人間もいない。どこへ行ってもヤクザという過去が彼を縛り、周囲から忌み嫌われる。葉子にしても、かつての恋人である八代とは親がヤクザということもあり、しっかりとした関係を結べない。母と娘の面倒も金銭・精神ともに限界だ。本作は高齢化と介護の話というだけでなく、こういった誰からも手を差し伸べてもらえない弱者の話でもあるのだ。だから彦一は老人ホームを住みやすい場所へと変えていく。同じく社会に居場所がなくなった者の、唯一の生きる場所として。



だからこそ終盤の哀しみが光る。ホームの改装など、勝手なことをしたからと彦一はヤクザから制裁を受ける。そこにカットバックでホームに集まった老人たちや葉子、山際や茜らが楽しげにしている様子が映し出される。これは彼らが人間として生きる場所を、帰る場所をようやく見つけたということであり、しかしその場を作った彦一は、どれだけ心地よくても、やはり堅気の場には属することができない人間であるということだ。
だからラストで彦一はせっかく守った老人ホームから旅立ってしまう。ホームを救うためとはいえ、事件を起こした彦一は冒頭と同じく警察に追われる身となり、同じトンネルを通って逃げようとする。しかし、今度は冒頭とは違い、トンネルの向こう側へは行かず、立ち止まる。
彦一はトンネルの向こうに行けば闇の世界を抜けられると、任侠道を守る、本物の男になって生活できると思っていた。しかし、それは実のところただの過去からの逃走だったのだ。ラストで彼はついに自分自身と真に向かい合うことになる。社会問題に踏み込み、さらに一人のやくざの物語にもなっているこの脚本がまた良い。さらにどの問題にも安易に解決を与えていないというのも好感が持てる。



さて、ここまでかなり褒めてきたけど、やっぱり良くない部分もある。例えばヤクザ嫌いの葉子が病院での母の治療に不満を持った後、その世話を彦一に託す理由が全く分からない。それまでは彼を毛嫌いしていたのに。しかも彦一が連れて行くのはあまりに劣悪なホームなんだぞ。これはいかん、と普通はなるでしょう。
ホームはそれが最後の一押しとなって改装されますが、この描写もちょっとファンタジーではある。さすがにあそこまで汚いホームをあんな簡単にまともにすることはできないだろうし、それだけで入居者に笑顔と活気が戻るというものちょっと強引かもしれない。
あとはやくざの制裁方法がその辺のチンピラと変わらないというのもちょっとおかしいかなという感じ。それにその極鵬会との決着も腑に落ちない感じですね。
あ、あと一応やくざ映画なのでおっぱいくらいは見たかったです。アクションは結構見応えがあったので、夏帆のを見せろというのは無理でしょうが(結構頑張ったシーンはあったが)、それでもそこは誰かサービスしてほしかった。



とまあ、欠点も多くあります。手放しで褒めることができる作品でないのは確かです。しかし、しっかりした意志や問題意識を持って作られた映画であり、テレビドラマ映画と揶揄されるレベルの映画では決してないと思います。だめな邦画にありがちな安っぽい画面にもなっておらず、ちゃんと画面が映画してたしね。騙されたと思って見てみると意外な拾い物になるかもしれません。あと東宝映画なのに任侠映画で、高倉健(東映)、市川雷蔵(大映)の名前が出てくるというのは、ちょっと面白いかもしれませんね。

任侠ヘルパー (角川文庫)

任侠ヘルパー (角川文庫)