リンゴ爆弾でさようなら

91年生まれ。新作を中心に映画の感想を書きます。旧作の感想はよほど面白かったか、気分が向いたら書きます。

『ホビット 思いがけない冒険』を見た。

中つ国へ、再び。
J・R・R・トールキンによって書かれた小説の映画化。『ロード・オブ・ザ・リング』の前日譚にあたる物語です。監督は引き続きピーター・ジャクソン。主役にあたるビルボ・バギンズにはマーティン・フリーマン。その他おなじみのキャストが勢揃いしています。


ホビット庄に住むビルボ・バギンズ(マーティン・フリーマン)は、ある日突然、魔法使いのガンダルフ(イアン・マッケラン)に誘われ、トーリン・オーケンシールド(リチャード・アーミティッジ)率いる13人のドワーフと共に冒険の旅へと繰り出すことになった。目的は、邪悪な竜・スマウグに奪われたドワーフの王国を奪還すること。望みの薄い旅に出た一行は様々な危機に遭遇する・・・。

本題に入る前に言っておきたいのは、僕は『ロード・オブ・ザ・リング』(以下LotR)が大好きであるということです。好きというか、もともと映画好きになったきっかけが、小中学生のころ見たLotRだったので、もう好きとかじゃないですね。特に『王の帰還』なんて、見終えた後は誇張ではなく全身が震えて、席を立てなかったくらいです。思えば、僕が今でも劇場へ通い続けるのは、あの体験を再びしたくてのことなんですね。あの時LotRを見ていなかったらこうやってブログを書いていることもなかったのでしょうし、今のような人間になってもいなかったんじゃないか。とにかく僕の人生を大きく変えた映画がLotRなのでした。



で、そんな僕からしてこの『ホビット』はというと・・・最高に決まっているじゃないですか!いやーもうホントずっと映画の世界に浸っていたいです。3時間があっという間!中つ国に行きたいよう!『アバター』公開時に現実に帰りたくなくなるというアバター鬱なるものが流行ったみたいですが、あんなもの『ホビット』に比べたらダッシュで帰宅するレベルですよ。あーホビット庄で暮らしたい。



正直見る前は不安もあった。そんなに長くはない原作をLotRと同じようなボリュームで3部作にするというのはどうか?とか、ドワーフだらけの旅って見た目的にどうよ?とか。そもそも個人的補正を抜きにしてもLotRという自ら立てた高すぎる壁を超えるのは不可能に近いだろうとか。でも、それは全くの杞憂でした。
ホビット』は、死や戦争など、暗さが張り付いていたLotRとは違うアプローチでもう一度中つ国を見せる。それは牧歌的で明るく、アクションに次ぐアクションで見せ場満載の、単純な冒険譚としてのアプローチによってである。これにより、世界観の構築などLotRの良さを引き継ぎながらも、新しい中つ国を見せることにも成功しており、LotRとはまた違った楽しみを味あわせてくれる。もちろん、単純とはいえ物語は決して薄いわけではなく、原作にはない丁寧なキャラクター描写が話に厚みを持たせている。ビルボがドワーフを助ける理由、そしてガンダルフがビルボを旅に誘う理由が明かされる場面は非情に感動的。LotRにもあった平和へのメッセージが心を打ちます。



さて、以降は細かく『ホビット』の何が素晴らしいのかということについて触れていこうと思う。



LotRにしろ『ホビット』にしろ、何より素晴らしいのはその世界観の構築だろう。ファンタジーの世界というのは、誰も見たことのないような世界を作り出さなければいけない一方、どんなに空想の産物だとしても、実際に存在しているかもしれないと思わせなければいけない。そのバランスの絶妙さ、これこそがファンタジー映画で最も重要な点なのだ。のどかな自然広がるホビット庄、山の中に築かれたドワーフの王国、美しく荘厳な裂け谷、地下に広がるゴブリンのトンネル・・・そのどれもがイマジネーション溢れた異世界でありながら、その世界における確かな実在感と、なるほどこの種族であればこうであろうという納得がある。それは風景や地形や建造物だけでなく、いろんな種族やクリーチャーの造形から小道具なり身に着けているもの全てにおいてそうでなくてはいけない。今回は、特に13人のドワーフが、よく見るとそれぞれに装備品など個性がちゃんとある点が面白い。こういった細かいディテールから成る世界観の作りこみが、私たちを違和感なくファンタジーの世界へと誘い込む。僕はもうすっかり陶酔していましたよ。ふひひ・・・。
空撮によりダイナミックに撮られたニュージーランドの風景も中つ国という世界の広がりを感じさせ見応えがある。LotRナルニアで出尽くしたかと思っていたのですが、ニュージーランドはまだこんなに素晴らしい風景を残してやがったのか、という感じです。
カメラといえばアクションシーンの見せ方も良い。何が起こっているのかわかりやすくするために、必ずロングで全景を映すんですね。また特に洞窟のシーンで顕著ですが、敵と味方がどのような位置関係なのか。どういう場所にいるのか。そういったことがわかりやすく、すんなりとアクションを受け入れることができるように撮られているのですね。



そんな世界を歩くキャラクターたち、これがまた魅力的ですね。まず画面に登場するのはなんと老ビルボにフロド!(イライジャ・ウッドの変わらなさっぷりはファンタジー)嬉しいじゃありませんかまたスクリーンで会えるなんて!『ホビット』はビルボが過去の物語を書き綴るところから始まりますが、これは『旅の仲間』の冒頭と時間的には同じ場面ですね。服装も同じです。LotRに続けて登場と言えばガンダルフもいます。偏屈で迷惑なじいちゃんですが大活躍でしたね。今回はガラドリエル様との睦言に夢中で(嘘)サルマン先輩の話をまるで聞かないという、かわいい姿も見られます。
さて『ホビット』ですが、冒険の始まりということでやはりまずは主人公ビルボを魅力的に見せないと後の2本が厳しいところ。じっくりしっかり、ビルボというキャラクターについて掘り下げています。平和と故郷を愛するホビットであるが、冒険心も持つ。ユーモラスで頼りなく見えるが、知的で勇敢な面も。そしてなにより情がある。演じるマーティン・フリーマンは若いころのイアン・ホルムに顔が似て・・・るわけでは別にないが、演技でこのキャラクターにしっかり肉付けをしていた。
ところで、ビルボが旅立つ理由が良くわからないという意見をどこかで目にしましたが、僕は全然そう思いませんでした。ビルボはかつてエルフを探し回ったり好奇心旺盛な性格だったとガンダルフに言われます。しかし、今では母の皿や絨毯が宝物になってしまったのか?とも。これは大人になってしまった私たちそのものです。いつの間にか身の回りで完結し、広い世界など夢と思うようになってしまった私たちそのものだ。しかしビルボは思いがけない冒険への誘いを受ける。ガンダルフの誘いは、我々を童心へと帰らせる誘いでもある。ビルボも初めは断りますが、そこで飛び出せるのが映画の魅力。彼が里を飛び出すときのワクワク感たるや!
13人もいるドワーフもまたいい。ガンダルフの言うとおり、陽気で楽しい奴らですよ。予告では「どいつもこいつも似やがって区別つくか!」と思っていましたが、意外とつくものですね。彼らがビルボの屋敷で「霧ふり山脈」を歌うシーンは本作の名シーンの一つではないでしょうか。またこのドワーフ達は、戦闘組と非戦闘組に分かれており、アクションシーンでその差は描かれています。敵に襲いかかるときなどは、まず戦闘組が動くんですね。動きもやっぱりしっかりしています。またゴブリンの洞窟で一列になって戦う際も、必ず戦闘組が先頭と最後尾についていますね。非戦闘員の活躍の場はあまりありませんでしたが、それぞれ役割分担がされていることはわかります。
そしてそのドワーフを率いるのがもう一人の主人公、トーリン・オーケンシールド。この旅に全てを捧げる彼についても、初めにしっかり描かないといけない。過去の戦、エルフとの確執、祖国への強い思い、オークとの因縁・・・彼のドラマが、明るいトーンで進む映画のアクセントとなっている。今回はとりあえず彼の置かれた状況とその高貴で勇敢、だが少し尊大な性格を描写し、次作への布石としている。
その他新登場のキャラクターに茶の魔法使いラダガストがいる。魔法使いとしての使命を忘れ、森で自然と戯れている変人。顔になんか白いの付いてるんだけど・・・と思ったら、アレは鳥のフンなんですね。ウサギちゃんの橇が可愛いです。しかし「変なキノコでおかしくなってる」ってそれヤク中ってことじゃ・・・。



そして忘れちゃいけないのは、ピーター・ジャクソン本領発揮、中つ国のクリーチャーである。オークにゴブリン、トロル、ワーグ、大鷲、岩の巨人(登場シーンは少ないがその圧倒的迫力とスケール感は最高だ!大怪獣バトル!)、そしてゴラム。そのどれもが画面から浮くことなく、素晴らしい技術によってそこに「存在」していた。
中でも目を引くのはゴラムである。LotRの時点でも相当なレベルだったが、技術の進歩がすさまじく、アンディ・サーキスの相変わらずな演技と相まってすごいことになってる。キモイんだよ。キモいんだけどすごく可哀そうでもある。もちろんこれは、彼にはどういうストーリーがあって、その後どうなるか知っているからというのもありますが、表現力(特に目)の向上により、それがより真に迫っている。本作で何が一番印象に残ってるかと聞かれれば、まず彼の出ているシーンを挙げるでしょう。特に、指輪で姿を消したビルボが、ゴラムの喉元に刃を突き立てるシーン。僕は涙を抑えることができなかった。というのも、ここでビルボが見せた情けこそが実は、後に世界を救う最初の1手なのだと、LotRを見た我々は知っているからです。あの数秒のゴラムの瞳の中に、中つ国の未来が実は詰まっていたのです。なぞなぞ合戦も素晴らしいですが、そのことを思うとこのシーンの素晴らしさはやはり、本作の中でも際立つものだと思います。ホビット庄の音楽がかかるところも素晴らしい。ゴラムももとはといえば、ホビットとそう変わらない種族だったのですからね。
さて、ビルボの一行が最初に遭遇するのは3匹のトロル。『旅の仲間』にも石像で登場した奴らです。ドスドスとポニーを抱えながら歩く姿がまず見えるというのが、映画のために配置されてるのではなく、そこに生きているという感じでいい。ところでこいつら、何と喋るんですね。喋るんだけど間抜けで、しかも料理番の奴はエプロンまでしてて、なんかかわいいんですよ。LotRとは大違いです。
大ゴブリンのキモさも秀逸でした。全身ぶよぶよでできもの(水ぶくれ?)だらけの上、顔に金玉がぶら下がっているようなデザインなんですねー。質感がリアルに表現されているからホントに醜悪なんですね。
ちょっと残念かなと思ったのはオークの首領、アゾグのデザインである。普通にカッコよくて敵役としての存在感はあるんだけど、こちら側までにおい立ってくるような不快感がないのが残念。ちょっとツルっとしすぎじゃないですかね。義手ももうちょっとどうにかならなかったかね。こいつが乗ってる白いワーグはカッコいいけど。



さて、最後に『ホビット』を見る前にLotRを見返す必要はあるか、ということですが、見返す必要はないと思います。ただ、見ておいた方が間違いなく楽しめるでしょう。細かくLotRとの関連を意識してるシーンもありますし、展開も原作と違いわざわざ似せているように思いました。ちなみに、『ホビット』を見ることでさらにLotRが楽しめるという効果まであったりします。



はい、というわけで長くなりましたが、3部作の始まりとして素晴らしい出来だったのではないでしょうか。ハワード・ショワによる音楽も素晴らしいです。緩急のバランスがよく、テンポもよいので見ていて気持ちがいいです。女っ気の全くない、男同士の友情の世界というのもやっぱりいいですね。
敢えて文句があるとすれば、ラストでガンダルフがトーリンにやっちゃうことは反則なんじゃね?ということと、ラストシーンがLotRと同じく山を眺めるところだったらなぁ、ということくらいです。でもまあ、そんなものは大したことじゃありません。LotRがそうだったように、これからどんどん盛り上がっていくだろう2作が待ち遠しくてたまりませんな!次はドラゴンも出てきそうだし!あと2年は死ねんな!