リンゴ爆弾でさようなら

91年生まれ。新作を中心に映画の感想を書きます。旧作の感想はよほど面白かったか、気分が向いたら書きます。

『世界にひとつのプレイブック』を見た。

袖振り合うも多傷の縁
第85回アカデミー賞において作品・監督・主演男優・主演女優・助演男優・助演女優など合計8部門にノミネートされた(うちジェニファーローレンスが主演女優賞を受賞)ロマンチック・コメディ・・・になるのかなジャンルとしては。監督は『ザ・ファイター』などのデビット・O・ラッセル。


一人の男が精神病院から出てきた。名前はパット(ブラッドリー・クーパー)。妻の不倫相手をボッコボコにしたことから精神病院へ入れられていた男である。退院した彼を待ち受けていたのは、妻への接近禁止令、売り払われていた家、さらに解雇という最低な状況。だが彼は何故か自身に満ち溢れ、「より高く」をモットーとし、前向きな気持で再スタートを切ろうとしていた。しかし、そううまくはいかなかった。彼は病気にかかっていた。一度感情が湧きあがると、夜中だろうと関係なく怒鳴り散らしてしまうのだ。そんな彼がティファニー(ジェニファー・ローレンス)という、これまた病気を抱えた女性と出会う。夫を事故で亡くしたことにより精神を壊し、職場の同僚全員と肉体関係を持ってしまった、そんなティファニーとパットは初対面でありながら、精神安定剤の話題で大盛り上がり。その後もジョギングを通じて少しづつ心を通わせていく二人だが、ある日パットはティファニーが妻と接点があることを知る。パットは妻へ手紙を渡してくれないかとティファニーに頼むが、彼女は交換条件として2人でダンスコンテストに出場してほしいと頼んできた・・・

健康な状態、というのは見る人感じる人によってさまざまだとと思いますが、この映画に出てくる人はもうみんな病気。まずパットは劇中でも言及されているけど、躁うつ病である(それだけじゃないっぽいけど)。ティファニーもやはり安定してるとは言いがいたい。なにしろパットを出合い頭に「セックスしない?」と誘うのだから。ただそれは性欲から発せられるものではなく、喪失感を埋めるためか、もしくは自傷行為に近いものでしょう。
この二人だけでも十分に危なっかしいのに、彼らの周囲にいる人もこれまた病んでいる。パットの父親(ロバート・デ・ニーロ!)は熱狂的アメフトファン・・・と言えば聞こえはいいけど、実際のところスポーツギャンブル中毒。さらにやたらリモコンの置き方にこだわったり、ゲン担ぎを異常に重視したりと普通ではない。母親は特に何もないけど、何もないのが問題。とりあえず料理でもつくって見守ろうというスタンスで、家族の問題を解決する気がなさそう。
またパットの友人でありティファニーの姉の婚約者ロニーも、家庭と職場のストレスに押しつぶされそうになっており、爆発しそうになると一人でメガデスメタリカを聞く日々を過ごしているという。
そんな人たちを見て初めは「なんだこの危ない人たち・・・」と思います。でも、なんでか、映画を見ているうちにだんだん彼らに共感してしまのです。



僕はこの映画に出てくるような、入院が必要なレベルの精神病にかかったことはない。でもそんな彼らの姿に共感を覚えるのは、自分の心の中にも彼らと似たような不安定さを抱えているからです。この映画の登場人物と私たちの間には、そんなに差があるわけではないように思う。ふとしたきっかけで彼らと同じ状況になりえるような芽は誰の中にもあるのではないかと僕は思います。だから彼らが映画の中で叫び、泣き、語るシーンが自分の中にある弱さに刺さり、感動し、涙を流すのでしょう。



恥を承知で書きますが、私は昨年ちょっと壊れかけていた時期がありました。就活と卒論が全く思うように進まず、あるとき不安と「どうせ自分なんか」という思いに耐え切れなくなり、何もかもやる気が出なくなりました。というか、正確に言うと、現実から逃げていました。それで引きこもっていた結局、留年が決定。色んな人に色んな面で迷惑をかけています。この映画の登場人物に比べれば全然程度の低い話で、「その程度のことで・・・」と思われるでしょう。自分でもどうしようもなくダメで弱い人間だなと思います。元々、優秀な父や兄に比べ自分は能力がなく、価値がない人間だと思っており、それが就活などにより増幅、加速した結果こうなったんだと思います。
だからこそ、ダメになっていた人間たちの再起という物語は、僕にとって心に迫るものがありました。また本作でデ・ニーロがパットに語りかけるシーンも、とにかく泣けてしょうがなかった。何度かブログでもダメな息子と父親という関係に僕は弱いと書いていますが(この映画ではデ・ニーロもダメだけど)、先ほど書いた親や兄弟に対する卑屈な気持が理由なんですね。またパットと同じように太ってもいましたし、更に非常に最低なことに、キレやすい性格でもあるということで、ホント自分のことのように思えた部分が多かったんですね。そんなわけで、この映画には色々と勇気を貰えたんです。



パットとティファニーはダンスを踊ります。ここでのダンスというのはお互いを受け入れ、そして自分を受け入れるための行為として描かれています。自分たちの置かれた現実と向き合うことで、ようやく彼らは輝きを取り戻す。この映画が伝えたかったのは、その部分でしょう。逃げるんじゃない。捨てるんじゃない。向き合って受け入れることで、そこから新しい一歩が踏み出せる。そしてまた人生は輝きだす。



この映画はロマンチックな最期を迎えますが、実際この二人がこの後どうなるかはわかりません。誰も病気は治っていませんしね。ただ、この映画のラストの時点で言える確かなことは、彼らはもう、一人ではないということです。
この二人は分かりやすく不完全ですが、実際どんな人間も不完全であり、補い合い、助け合って生きていかなければなりません。二人はこれから色々問題を起こしそうではありますが、それでも助け合って生きていけば、何とかなるんじゃないの?そういうことも僕はこの映画から受け取りました。



というわけで、僕は非常に好きな映画です。ラストの展開がうまくいきすぎな気がしなくもありませんが、まあ別にいいんですよ。あとこんな書き方だとあんまり伝わってないと思うけど、本作はロマンチックラブコメディで、すごく笑えもしますからね。デ・ニーロが無神経なガキ(監督の実子)を追いかけまわすところとかすごく笑えましたね。役者も全員素晴らしいですし。まぁ今年のベスト10には間違いなく食い込んでくる作品だったかなあと。必見です。

The Silver Linings Playbook (film tie-in)

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