リンゴ爆弾でさようなら

91年生まれ。新作を中心に映画の感想を書きます。旧作の感想はよほど面白かったか、気分が向いたら書きます。

『ラッシュ/プライドと友情』を見た。

追いかけて 追いかけられて
70年代に活躍したF1の伝説的選手であるニキ・ラウダジェームズ・ハントのライバル関係を題材にした作品。監督は『ビューティフル・マインド』でアカデミー賞を受賞したロン・ハワード。主演はダニエル・ブリュールクリス・ヘムズワース


1976年。F3時代からのライバルであるニキ・ラウダ(ダニエル・ブリューゲル)とジェームズ・ハント(クリス・ヘムズワース)は熾烈なチャンピオン争いを繰り広げていた。フェラーリマクラーレンに乗る彼らは性格の違いから互いのことが気に食わなかったのだ。そんな中で行われたドイツGPで、ニキ・ラウダは大事故に遭う。当日は大雨が降っており彼はレース中止を選手に訴えたが、ハントの「彼は1位だから中止を求めている。レースを行うべき」という言葉に他の選手も同意したのだ。ハントはその後順位を上げるものの、ニキへの責任を感じていた。一方、ニキは奇跡的に6週間でレースに復帰。そうして2人の戦いは、日本で行われる最終戦によって決着がつくことになった。

ライバル、というのはベタだが熱いものだ。物語の中で彼らは対立し、憎み、ときに友情を感じたりもする。紆余曲折を経て彼らは多くの場合対決する。そこに熱いドラマがあるというわけだ。そんなライバルにはいろいろな型があると思うが、大きく分けて、似た者同士か真逆の性格かのどちらかであると僕は思う。似た者同士の場合というのは、例えばマイケル・マンの『ヒート』がそうだろう。
本作は真逆の性格をした人間がライバルになるパターン。ニキ・ラウダは合理的な考え方をする冷静な人間で、ジェームズ・ハントは「壊し屋」の異名も持つ激情の人である。ライバルや対決についての物語が盛り上がるためにはその両者が魅力的に描かれていることが条件だと思うが、本作はそこがしっかり描かれている。両者の人間性とその違いを、ドラマの中でじっくりと明らかにしていくのだ。この映画はF1を描いた映画だが、同時にそんな2人の人生自体もレースのように描いてみせる。
二人はF3という同じラインに立っていた。拮抗する実力の中でニキは初めハントに負けてしまう。しかし、先にF1へと繰り出すのはニキだ。負けていられるかと同じくF1のにうって出るハント。どちらが先にいくか、俺だ。いや抜かしてやるぞ。こんな風に、映画で描かれる二人の人生自体がレース的構造なのである。人生は、常に直線で進めるとは限らない。曲がりくねった道を、紆余曲折しながら進むこともある。とても耐えられないような困難にぶつかりクラッシュすることもある。それでも、前へ、前へ。
レースシーン自体が少ないのはやはり、そんなドラマをこそ見てほしかったからだと思う。全く考え方の違う2人が同じ世界に立って、そこでどんな生き方をするのか。それが重要なのだ。



もちろん、少ないとはいえレースシーンの迫力はすさまじいものがある。カットの切り方も良いが、操縦者を見上げるような車内からの視点が特に良く、あの超高速の中、一瞬の判断でどのような動きをレーサーはしているのか。これがカッコいい。車は、セリフにもあるように玩具感があり、そんなものにいつまでたっても夢中だというのは、銃と同じでどこか子供っぽさを感じさせる。だがそんなものに憧れてしまうのが、男という生き物なのかもしれない。あらゆる点で違うように見えるニキとハントは、実は同じ何かを持ってもいるのだ。ちなみに、あまりの運転の下手さにマニュアルをあきらめ、オートマですら補修を受けなければ仮免も合格できなかった僕としては、車を御する彼らの姿がとにかくカッコよく見えた。ニキに至っては普通車でそれをやって見せるので、特に興奮した。あぁ、あんなふうに運転できたら・・・。
音の演出もいい。劇場で見ると、エンジンの響きがよく伝わってくるのだ。発車に向け、エンジン音がうなるほどにテンションも高まる。マシンに乗る男たちの顔が映る。緊張の一瞬だ。そして、旗が振られた。エンジンは轟音をあげ、砂埃や水しぶきをあげながら、一気に飛び出していくマシンたち。この興奮が素晴らしい。音が場面を盛りあげ、さらにドラマまで語っているようにすら思えるのである。
演出ということでいうと省略の仕方。これもちょっと面白くて、結構大胆に描写を省略しているのだ。例えば出会いから結婚までであるとか、レースに関してもそうである。このようにして生まれる展開の速さもまた、人生をレースの如く見せるための演出なのかもしれない。



と、ここまではこの映画を褒めてきたが燃えきれない部分もあった。その最大の理由は、日本での最終決戦である。以下ネタバレ。



その年の最終戦で、ニキ・ラウダジェームズ・ハントの対決は決着を迎えることになる。富士フリーウェイ。大雨の中での勝負だ。さぁ、一体どうなるのか、気持ちは高まる。うなりをあげるエンジン。そしてついにレースはスタート。大雨の降りしきる中、1周2周・・・彼らは走り続ける。しかし、そこでニキがする行為。これに僕は肩透かしを食らった。
確かに、彼のした行動には説得力がある。新婚旅行先での妻との会話からも自然なことだとは思う。テーマとして浮かび上がってくるものも良いとは思うし、何より、これが事実だから仕方ないのは重々承知だ。しかし、僕が見たかったのは両者が死を賭して火花を散らす姿なのだ。つまり、対決だ。この映画にそれがない。結果、ハントが辛くも優勝。それを見たニキは「後悔は何一つない」という。おそらく、ハント以外の人が優勝していたら彼は後悔していただろう。それはいい。だが、やっぱり不完全燃焼だ。
ハントは最後までカッコよかった。彼は渇望する。故に彼は安定していない。豪快そうに振る舞ってはいるものの、内心は臆病で繊細だ。ハントは走ることをやめられないし、他の世界では生きられない。ニキの選択は、それはそれでカッコいいとは思う。しかし僕が見たいのは、そんな大人な選択ではなく、ハントの渇望なのだ。



もう一つ不満があるのはラスト。ニキとハントが会話するシーンだが、ここは多くを口に出して語りすぎじゃないか。せっかくその前に言葉ではなく視線と動きだけで彼らの関係性はしっかり見せたのに、そんなに喋ることはないだろうと思ってしまった。決してダメと言うわけではなく、両者の関係性のバランスも良いが、もうちょっと台詞を削っても大丈夫であるように感じた。



シンデレラマン』という映画がある。あれは実在のボクサーを描いた映画だが、やはり家族が非常に大きな要素となっていたと思う。おそらくだが、ロン・ハワードは対決それ自体に魅力を感じているわけではないのではないか。全てを失おうとも譲れない戦いであるとか、命を賭して己を証明するようなことよりもっと、人情家的視点を好んでいる気がする。そしてそれは、僕の趣味には合わないのだ。そういえば『ビューティフ・マインド』も実話が元だが、ジョン・ナッシュと妻との絆を、事実その通りではない形で誇張していた。ニキを特別この映画は応援しているわけではないのだが、やはり彼は、そういうところを見せたい人ではあると思う。
ライバルとは何かというところに着地していることや、脇まで魅力的なキャラクター、そして確かな演出など、多くの点で楽しめる作品だとは思っている。しかし、好きかどうかと聞かれると、そんなに好きというわけではない。僕にとって『ラッシュ』は、そんな映画だった。

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