リンゴ爆弾でさようなら

91年生まれ。新作を中心に映画の感想を書きます。旧作の感想はよほど面白かったか、気分が向いたら書きます。

『フライト』を見た。

アル中発→自己破壊着 空の旅

ロバート・ゼメキス監督12年ぶりの実写映画。主演のデンゼル・ワシントンが第85回アカデミー賞において主演男優賞にノミネートされたほか、脚本賞もノミネートされていました。

制御不能になった飛行機の緊急着陸を成功させたウイップ(デンゼル・ワシントン)。世間では英雄として褒め称えられていたが、ある疑惑が浮上した。彼の血液からアルコールが検出されたのだ。実はウィップはアルコール中毒であり麻薬の常習者だった。もしこれがバレてしまえば終身刑になるウィップは、次第に追い詰められていく・・・


※ネタバレしています



「英雄か、悪魔か」などと謳い「あらぬ疑いをかけられた機長の物語」というような宣伝をしていますが(友人の何人かもそう勘違いしていた)、実際はもうのっけからアホみたいに酒は飲んでるわヤクはやってるわで、もう犯罪者丸だし。キャビンアテンダントの恋人と堕落しきった生活を満喫しているウィップが、電話越しに別れた女房と子供の養育費の件で喧嘩しながらも、目線はしっかり恋人の尻を追っかけていたところとか笑えましたね。宣伝とはかけ離れたこの冒頭は、掴みとしてはばっちりでしょう。
それでこのウィップという男は、一部の男が一度は憧れるような男なんですね。酒飲んで薬キメて私生活はだらだら。でも仕事は超一流でみんなの憧れ。しかも美人の彼女までいるって、こりゃ最高ですよ。こんな生活、一度はしてみたいってもんです。



そんな堕落した男の操縦により起こった奇跡のフライトですが、これが機体を逆さまにする「背面飛行」によって成し遂げられたというのが面白いと思いました。文字通りに飛行機が地面に「背を向けている」という状態なわけですが、これはウィップ自身の人生も象徴しているのですね。
ウィップは酒におぼれ、自分の人生はメチャクチャになってしまっている男です。彼はフライト前に酒を飲んでいたことを隠蔽しようとし、「酒なんて一人でやめられる」と嘘をつき、アル中患者のグループセラピーでも自分を偽ります。
また、彼は別れた妻と子供からも、近づきたくないというくらいに嫌われています。そして新しくいい関係を築けそうだった女性からも、酒が原因で愛想を尽かされてしまいます。全ての原因は酒であるということは彼も分かっている。しかし、それでも彼は酒をやめようとしません。人生がメチャクチャになっていても、それに背を向けて逃げているのです。



しかし、そんな彼もある嘘を要求された際に、ついに耐え切れなくなり真実を語ります。それは今までの自分の偽るための嘘とは違う、死者の尊厳を踏みにじる嘘を要求されたときでした。
事故の審問会でよどみなく嘘をこたえ続けるウィップ。そしてついに最後の質問として、乗務員しか手を出せないところからウォッカの空瓶が見つかったことについて聞かれる。「酒の嘘は任せろ。今までつき続けてきたからな」と自信満々だったウィップですが、ここで思わぬことが判明します。それは、実は恋人のキャビンアテンダントもアル中で悩んでいたということです。
ウォッカは彼女が飲んだんじゃないか」と、あとたった一つ嘘をつけば、ウィップは英雄としての生活を送ることができた。しかし、彼は自分自身を犠牲にして一人の女性を守ることを選びます。彼はついに自分自身に背を向けることをやめ、弱さを認め、受け入れるのです。ここでのデンゼル・ワシントンの演技は素晴らしいと思います。また彼に質問を浴びせる調査委員会の班長には『ザ・ファイター』でアカデミー賞を受賞したメリッサ・レオ!この二人の熱演もあって、ここは力の入るシーンになっていました。



その後刑務所に入ったウィップは息子から「偉大な人だ」と言われます。それは女性の尊厳を守るという決断をしたからですが、この辺僕はピンときませんでした。彼個人はいいけど、彼のために画策した周囲は大変だよねと思えたのでね。ただ、本作はキリスト教的な描写が随所にちりばめられている映画だったので、それを考えると「なるほど」と思えるのかも知れません。最後の審問会にウィップが行くシーンでも「神は見ている」ということを鏡を使って示すシーンがありました。
息子は、ウィップに続けて「あなたは何者なの?」と問いかけます。そしてそれに対し「良い質問だね」と答えるところでこの映画は幕を閉じます。これはこの映画のテーマを象徴するセリフです。この映画は、外から見ると化けの皮を剥がされた英雄の墜落(ついらく)人生物語です。しかし見方を変えれば、ウィップという自分を偽り背面飛行を続けてきた男が、本当の自分を受け入れ、傷つきながらも自分の生きる道を見つけ着陸するという話でもあります。「何者なのか」という問いの答えは提示されません。大切なのは、この映画が「何者なのか」を巡る旅だった、という事なのです。全体にこの作品は同監督の『キャスト・アウェイ』と似ていると思います。そちらも参考にしてみると面白いかもしれません。



と、こんな風に書くとどうも真面目な映画みたいですが、基本ロック、ドラッグ、アルコールのごきげんな映画ですからね。セックスがあまりないのは残念ですが、冒頭ではおっぱいとヘアーまで拝める珍しい映画でもあります。
売人役のジョン・グッドマンも最高でした。「月の裏側で会おうぜ」とピンク・フロイドを引用して去っていく姿が笑えましたね。それと病院で出てくる「死」もしくは「悪魔」の象徴のようなガン患者とかも最高でした。なんたって出てきていきなり『地獄の黙示録』ですよ。
というわけで、象徴的なシーンやいろいろな考察のできる映画ではありますが、まずはエンターテイメントとしても面白い作品だと思います。良くこんな内容の作品が日本で初登場1位になったなと。これが宣伝のうまさってやつですかね。