リンゴ爆弾でさようなら

91年生まれ。新作を中心に映画の感想を書きます。旧作の感想はよほど面白かったか、気分が向いたら書きます。

『ザ・マスター』を見た。

この映画、何に見える?
ポール・トーマス・アンダーソン監督最新作です。『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』以来なので5年ぶりの新作という事になります。主演はホアキン・フェニックス。第69回ヴェネツィア国際映画祭において監督賞・主演男優賞(ホアキン・フェニックスフィリップ・シーモア・ホフマンの2人)を受賞。アカデミー賞では主演男優賞・助演男優賞助演女優賞にノミネート。


第2次世界大戦終結後。海軍に所属していたが、アルコール依存症に陥りまともに職にありつけなくなっていたフレディ・クエル(ホアキン・フェニックス)。ある日、酩酊した彼は婚姻パーティーの準備をしている船の中に潜り込み、船の中で眠りこける。翌日船員によって発見された彼は、式を司り、皆から<マスター>と呼ばれるランカスター・ドッド(フィリップ・シーモア・ホフマン)という男と出会う。かれはザ・コーズと呼ばれる新興宗教団体の教祖であり、独自のメソッドにより「治療」をほどこしていた。その治療を受けたフレディは船から降りた後もランカスターのもとを離れず、2人は絆を深めていくのだが・・・

相当に難物な映画でした。シーンやお話全体が結果的に何を意味しているのか、何を伝えようとしているのかが掴みづらく、見終わった後に「うーむ」と考え込んでしまうような作品なんですね。これが単純に観念的な方向で意味不明なのであれば「そういうもん」として受け入れられるようにも思いますが、そういう作品でもないので困ります。
また理解しがたいからと言って「普通に駄作」と片づけることも出来ないのが本作なのです。というのも映像に圧倒的なパワーというか、圧みたいなものがあり、画面から目が離せない映画なんですね。デパートを歩き回る女性、キャベツ畑を疾走していく男、だだっ広い荒野を疾走するバイク、パーティー会場にいる女性全員を裸にひん剥いていく妄想・・・。こういったいくつものシーンで画面の凄さにやられてしまう。またクローズアップで捉えられる役者の顔も印象的です(ホアキン・フェニックスのあの顔、特に口元のあたりは真似したくなっちゃうね)。撮影はミハイ・マライメア・Jr。知らない方ですが、ここ最近のフランシス・フォード・コッポラ作品に参加しているみたいです。



さて、物語の方ですが、これが僕にはやっぱりわからなくてですね。でもせっかく見たのに「わからん」で終わりじゃなんかもったいないので、ちょっと考えてみました。
一言で言えばこれは父と子の物語なのだと僕は思います。フレディにとってランカスターは<宗教の教祖>ではない。フレディはおそらく彼らの団体のことをあまり理解していないでしょう。しかし、彼にとってランカスターは尊敬の対象であり、信頼することができる人であり、人生の指標となる人です。
ランカスターにとっても彼は単に患者の一人というだけではなく、特別な存在でした。それは彼が自分にはない、あるけれど、妻や団体の手前、それを発揮することのできない野性的な魅力を持った人物だからでしょう。何をしでかすかわからない狂暴な魅力がフレディにはあった。それを傍において可愛がっておきたかった。


そうして二人は親密な関係になるけれど、やはり2人は決定的に違う人間であり、一緒に居続けることはできなかった。フレディはどこにも留まれない(3度インサートされる波がそれを表現しているのでは)、制限されない人間ですが、ランカスターは大勢をまとめなければならない、制限されている人間です。彼らはお互い自分にない部分に惹かれますが、それは決して手に入れることができないものです。映画終盤でランカスターが歌うラブソング、これはついに手に入れることにできなかったものに対する、叶わぬ愛を歌ったものなのだと思います。



この関係は男同士のブロマンスとも置き換えられるかもしれません。また、ランカスターの妻に注目すれば話はもっと複雑な様相を呈すると思います。見る人によっては全く違う解釈になるという、映画全体が劇中にも出てきたロールシャッハテストのような作品だったと思います。冒頭とラストに登場した<砂で作られた女>もどう解釈するかも考え所ですね。僕はこれを<以前のような、よりどころのなさから生まれる、欲望むき出し状態(どう自分を御していいのかわからない状態)から脱した>という、内面的成長を現したシーンだと思いました。地元にいる彼女のもとへ訪ねるシーンでも、フレディが落ち着いた人間になったという事は分かります(まぁ元が相当酷い)。ただ、これは僕の意見ですので、実際はどうなんでしょうね。とにかく、色々考えることの多い、何度か見返すとそのたび発見があるような、そんな映画なんじゃないかと思います。あの『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』より更に親切心のない映画ですが、いや、これはこれでパワーのある素晴らしい映画だと思いますよ。映像の素晴らしさというのが非常に印象的でしたので、映画館で見れてよかったです。



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