リンゴ爆弾でさようなら

91年生まれ。新作を中心に映画の感想を書きます。旧作の感想はよほど面白かったか、気分が向いたら書きます。

『リンカーン』を見た。

誇り高き裏工作
巨匠スティーブン・スピルバーグ監督最新作。第85回アカデミー賞では12部門にノミネートされ、そのうち主演男優賞(ダニエル・デイ=ルイス)と美術賞を受賞。スピルバーグの映画から演技部門で受賞者が出るのは初めてじゃないでしょうか。その他、トミー・リー・ジョーンズサリー・フィールドらが共演。


1865年。終結へと向かいつつあった南北戦争のさなか、第16代大統領エイブラハム・リンカーン(ダニエル・デイ=ルイス)は奴隷制度を禁止させるため、合衆国憲法修正第13条の下院での可決を目論んでいた。修正案が可決されなければ、もし戦争が終結しても奴隷制度は維持されたままだ。13条成立に政治生命をかけるリンカーンは、与党である共和党保守派の力を使って票を集めるも、成立には20票足りない。そこで、敵対する民主党の切り崩しにかかるが、思うようには進まず・・・

冒頭の戦争シーン以外のほとんどが室内での会話劇という、非常に地味な映画でしたね。ただ、地味だから退屈だと言うのではなく、丁寧に細部を積み重ねていくことで画面に説得力を持たせ観客を引き込んでいくような映画だったと思います。ちなみに、冒頭のシーンは割とぬるい描写ではあるものの、剣を敵兵にぶっ刺すという、スピルバーグの映画では度々見られる描写があって楽しかったりはします。なんでしょう。剣があったら人に刺さないといけないという強迫観念でもあるのでしょうか。



そんな抑え気味の戦争のシーンもさることながら、本作はどうもスピルバーグらしからぬ映画にも見えます。奴隷制度について扱った映画では『アミスタッド』(『カラーパープル』は未見)がありますが、あちらとはまた違うアプローチ。父と子の葛藤というスピルバーグの映画では良く扱われるテーマですらかなり薄い扱い。
そんな一貫していたもののに代わり今回描かれたもの。それは時代の節目にいた男たちの、信念と葛藤の戦いのドラマです。
リンカーンは戦争の終結奴隷解放の間にあるジレンマに葛藤し、共和党内の統一と民主党からの票集めにも苦心。さらに彼に息子や妻との間に抱える問題に対応する。多くの根を抱える彼は、時には汚い手を使ってでも自分の中に秘めた信念を成し遂げようとする。
また奴隷解放急進派であるが故に民主党から猛烈な反発を生んでいる共和党のスティーブンス(トミー・リー・ジョーンズ)は、リンカーンに説得され、より大きな目標のために、長年唱え続けた「完全な平等」という自分の信念を曲げて「とりあえず」の修正憲法に応じる。それがたとえ仲間から罵られる行為であろうとも。
正義だけで物事を考えると衝突は避けられない。理想だけを突きつけあっていては何も成し遂げられない。それでも世の中を良くしていくにはどうしたらいいのか。本作はそのことについて教えてくれます。信念を持ち、未来を見据えて行動した男たちの、普通なら非難されるような裏工作や妥協の、その勇敢さたるや。誇り高さたるや。何でもかんでも思い通りではなく、自分を隠し、時には自分を曲げ、多くの困難にじっと耐えた先でようやく手に入れることができる「大人の勝利」が非常に感動的でした。



非常に政治的な映画であり、現代にも通じる問題を扱っている作品で、スピルバーグもそれで今回リンカーンを映画にしようとしたのでしょうが、僕にとって本作はあくまで「男たちの戦いのドラマ」です。なのであまり映画で政治を語るという事はしたくありません。ただ、あえて一言いうなら「コンパスは正しく北を指してくれるが、途中にある険しい道のりまでは教えてくれない」というリンカーンの言葉は非常に印象的でした。一気に北まで行ける魔法の絨毯など、存在しないのですね。



さて、そんなメッセージの部分も感動的ではありますが、僕が最も素晴らしいなと思ったのは撮影(というかライティング?)です。スピルバーグ映画ではおなじみのヤヌス・カミンスキーによる、シルエットや影を強調させるような、陰影を効果的に用いた画面が心地良い。衣装や美術の力も相まって、全編うっとりするような映像を見せていました。タバコの煙やランプの灯りも印象的です。
画面で人物の心情や物語を語っている部分も多いように思いました。例えばリンカーンと妻が対話をするシーン。妻は息子の死が大きな心の傷となっており、未だにそこに囚われているのだという事を、光と影を駆使した映像で、リンカーンと対比させて見せます。派手な映画ではありませんが、こういった画面の端々に「魅せる」力のある映画だったように僕は思いました。
技術面でいうと編集もちょっと面白かった。こちらもおなじみマイケル・カーンが担当。途中、甲殻類をハンマーでドンドン!と叩いているシーンから下院で木槌をドンドン!と叩いているところへ流れ、そしてその場面の終りには木槌のドンドン!と叩くところから家の中で子供が木馬でドンドンと音を立て遊んでいるところに繋がっていく場面があります。このリズム感はなんか面白かったですね。退屈になりがちな会話劇を面白く見せることができているというのにも、編集の力があるのかもしれません。
それとこれについても書いておきましょう。スピルバーグお得意?残酷描写です。戦争シーンではだいぶ抑え目でしたし、話が話なので今回はそういうは無しだな、なんて思っていたら中盤ばっちりありましたよ!敢えてどんなショックシーンなのかは言いませんが、そのものズバリをいきなり見せたりはせず、「何かな?何かな?この血が滴るものは一体な・・・ギャー!」という、盛り上げてドーン!というところが素晴らしいですね。



修正憲法を通した後にも話し続きすぎじゃないかなと思ったり、人間としてのリンカーンを描きたいとか言っておきながら、かなり超人的に(というかほとんどキリスト的。例え話で人を取り込んでいく様や、法案を通した後光に包まれる姿(これは単にスピルバーグ的な演出ともいえる)、死に姿など)描かれている部分も多かったりと、気になる部分も少しありますが、そんなのは些細な話です。計算された画面の力、可決されるとわかっている法案の採択までもスリリングに見せる卓越した演出力、確かに寄り添う音楽(ロビイストたちが活躍するシーンで流れる軽快な音楽が面白い)、そして俳優たちの素晴らしい演技とが交じり合い、じっくりとした感動を生み出す、巨匠たちによる匠の技が堪能できる一級品の映画でした。「今回は俺の好きなタイプのスピルバーグ映画じゃねえんだろうな・・・」とナメていたのですが、いや、凄く良い映画でした。ナメててごめんなさい!

リンカーン(上) - 大統領選 (中公文庫)

リンカーン(上) - 大統領選 (中公文庫)

(ただ、やっぱりスピルバーグにはそろそろ鬼畜大宴会側の映画も撮ってほしいところですけどね・・・まぁ本作で賞取れなかったのが悔しそうだったからまだ無理かな・・・)