リンゴ爆弾でさようなら

91年生まれ。新作を中心に映画の感想を書きます。旧作の感想はよほど面白かったか、気分が向いたら書きます。

『クロユリ団地』を見た。

孤独の哀しみ 罪悪感の恐怖
『リング』『仄暗い水の底から』で知られる中田秀夫監督最新作。前田敦子成宮寛貴W主演のホラー映画です。脚本には加藤淳也と、そして何かと有名人な三宅隆太。


大学進学を機に家族と共にクロユリ団地へと越してきた、介護士を目指す大学生・明日香(前田敦子)は、暖かい家族に新しい友人、そして砂場で遊ぶ少年ミノル(田中奏生)との交流など、順調な新生活を送っていた。唯一、隣家から聞こえる不気味な音を除いては。ある日、大学で老人の孤独死についての講義を受けた明日香は、越してきてから家族の誰も姿を見たことのない隣家の住人を思い出し、家へと足を踏み入れる。そこで見たのは、両手で壁を掻き毟りながら死んでいた老人の姿だった。死体を見たことよりも助けてあげられなかったことにショックを受ける明日香だが、遺品整理をする清掃会社の笹原(成宮寛貴)からは「関わらない方がいい」と言われる。それ以降、明日香の周りで怪現象が起こり始め・・・。

哀しさの漂う映画でした。いわゆるJホラーとはちょっと違う映画で、はっきり言うと全然怖くはない。しかし、もともとブルブルと震えあがらせるような映画として撮っているわけではないので、これはもう仕方ない。それに、怖くないからと言ってじゃあつまらない映画なのかというと、これが面白いんですね。



この映画の物語は2つの要素から成り立っています。一つは「孤独なもの同士の心の交流」という要素です。こちらはおそらく監督である中田秀夫がやりたかったことなのでしょう。インタビューでも『ぼくのエリ 200歳の少女』を参考にしたと言っており、団地にある遊具で明日香とミノルが会話を交わすシーンなどは、そのまんまという感じがします。この要素があるために、怖さは薄まり、哀しい話としての要素が強くなっていたように思います。
そしてもう一つは「罪悪感」です。こちらは脚本家である三宅隆太の作風でしょう。この罪悪感とは主観であることが重要で、誰が責めるわけでないけれど「ああっなんであの時自分はこんなこと言っちゃったんだろう」と勝手に思ってしまう瞬間は、誰にでもあるものだと思います。そんな日常に潜む瞬間にこの映画は切り込み、罪悪感からくるつらさを、恐怖の世界への入り口としています。



この「孤独」と「罪悪感」がついにその姿を決定的なものとして表出するシーンは非常に残酷で素晴らしい。冒頭から主観ショットや会話のすれ違いなど、奇妙な違和感・ズレを重ねていき、その奇妙さが線で結ばれたとき、観客はその真実を事前にわかっていても、どうしようもなさの前に立ち尽くすしかない。前田敦子の演技も凄く良く、本作屈指の名シーンになっていると思います。一瞬で夜と朝とが切り替わる視覚的な見せ場であるというのも面白いですね。



※以降ネタバレ含む



じわじわと責めてくる前半に対し、終盤は急に派手になる。最後に霊がアタックしてくる場面などは、異常に照明がおどろおどろしく、ちょっと今までのテンションとは違い過ぎて、その違和感に笑っちゃいました。
ただ、この場面僕は割と肯定的にとらえています。特にドアを開ける開けないのやり取りは「孤独」と「罪悪感」が一体となっている場面です。というよりは『ぼくのエリ』であり『牡丹灯籠』という感じですが、つまり、吸血鬼や幽霊は招かれないと入ってこれない。ドアを開ければ孤独から解放されるかもしれない。罪悪感から解放されるかもしれない。しかし、それは同時にこの世ならざる者を招くという事であり、自分自身もそうならなければいけなくなるという事でもあります。その葛藤が、この映画のドラマです。
そう思えば、違和感はあるけど意図はわかる、という感じに思えるので、僕は肯定的にとらえているのです。それにおどろおどろしいシーンって、おどろおどろしいじゃないですか(あたりまえ)。この雰囲気は笹塚の末路の説得力になっていたと思います。「そりゃあ、こんなこと起こったらこんな場所に来ちゃうよね」というような。



そんなおどろおどろしい場面がクライマックスになる訳ですが、先に書いたようにやはりそれも怖くはなく、この映画はひたすら哀しく、つらい。登場人物は皆孤独や罪悪感を抱えている。霊も怨念で行動しているわけではなく、純粋に孤独が行動原理です。誰も悪いことをしたわけでもありません。しかし、日常の中に恐怖の起点は潜んでおり、それは逃げられるものではない。本作はそんな「孤独」の哀しみと「罪悪感」の恐怖を描いた作品だったと僕は思います。



というわけで煮え切らない悲劇的な結末が素敵な映画でした。ツアーバスの事故や孤独死といった問題に踏み込んでいる作品というのも僕はいいところだと思いますし、主演2人の演技は文句なしに素晴らしかったと思います。細かいところで文句がないわけではないですし、前半〜終盤直前までを楽しんだ身としては「これ最後まで人間ドラマとして撮った方がよかったかも」なんて思います。様々な要素、映される画面、起こることに明確な意味・理由がある部分からもそう思います。とはいえ、これはこれで面白かったので、次回作に期待というところでしょう。

クロユリ団地 (角川ホラー文庫)

クロユリ団地 (角川ホラー文庫)