リンゴ爆弾でさようなら

91年生まれ。新作を中心に映画の感想を書きます。旧作の感想はよほど面白かったか、気分が向いたら書きます。

最近見た旧作の感想その39

『恐怖の火あぶり』(1979)

 

幼いころに受けた火あぶり虐待の影響で、大人になっても母親の支配から抜けられない青年・ドニーは母の死をきっかけに精神の病みっぷりを拡大させ、街ゆく女を屋敷に誘い込んでは焼き殺す恐怖の殺人鬼になる、というお話。トラウマお母さんものとでも呼ぶべき系譜の作品ではあるが、主人公の病みっぷりに個性的な味わいがある。

冒頭、ドニーが職場から帰ると母親はソファに腰かけたまま死んでおり強いショックを受けるのだが、次の瞬間、「これで自由だ、好きなことをしていいのよ」という天からの声を聴く。ウキウキで音楽を流し、椅子に飛び乗って浮かれるドニー。しかし楽しみもつかの間、今度は死んだはずの母の叱り声が聞こえてくる。開始早々分裂的行動を見せる上、二つも幻聴を聞いてしまうという精神の混濁ぶりにまず驚かされる。その後ドニーは天からの声に従い、街で出会った女を「罰する」ため家へ呼び込んでは焼き殺していくのだけれど、そのむごい殺害方法より衝撃的なのは、やはり彼の病み歪んだ精神である。

 

彼は焼き殺した女たちに服を着せ、一つの部屋の中で各々椅子に腰かけさせている。しかも相変わらず幻聴は絶えず、女たちのあざ笑う声を聞いて激昂。「僕を笑うな!」といって焼死体にビンタをかます。幻聴はもとより、まるで生きているかのように死体を扱うという点に狂気を見て取ることができるのだけれども、ここでカメラはなぜかビンタされた側、つまり焼死体側の視点になってグラっと揺れるのだ。こと切れる直前ならばまだわかるものの、完全に真っ黒こげになった女の視点でしかもご丁寧に揺れてみせるのはどう見たっておかしい。

さらに、死体をしかりつけた後彼は背後に気配を感じる。振り向くと、閉めたはずの母の部屋のドアが開いていてその隙間に人影を見つける。しかし大して反応はせず、ただ恨めしそうに見つめ、とぼとぼと自分の部屋へ歩き出すのだ。幽霊譚であれば恐怖するべき場面であろうが、ドニーにとって生きているだとか死んでいるなどという肉体の事実はもうほとんど無意味となっているため恐れはなく、ただ「そのまま黙っていろ」とでも零しそうな表情だけを見せるのである。ドニーの異常性はおぞましい火刑ではなくむしろ、それに比べれば些細な、日常的振る舞いの中にあるのだ。

 

彼が住む家の造形も素晴らしい。やや古めかしくも立派に聳えるその屋敷は玄関を開けるとまずランプや彫刻の置かれた広間が目に入る豪華な空間となっているものの、少し奥へ歩くと壁紙は剥がれ落ち、置物も汚れている。2階へと続く階段の先はさらに異様な雰囲気で、地上とは分断された空間として存在している。実際母親ははじめから死体となってるため2階はいわば死者の住処であり、廃墟ほど崩れてこそいないものの広い空間に対してうらさみしく、さびれた感触に支配されている。そしてドニーの寝室はそんな死者の住処のさらに上にあって、しかも部屋といってもそてはほとんど屋根裏でせせこましく、まるでここに押し込められたかのようだ。母の死後もその幻聴に押さえつけられ、いくら女を殺しても幻聴が増すだけな彼は自由に屋敷を占有することもできず隅へ追いやられたまま彼は地上から遠く離れて生きているのである。

 

さてその後ドニーは同僚に連れられクラブへと行くも、母のトラウマを思い出してしまいせっかく手を取ってくれた女性に対し文字通り火をつけてしまう。その場から逃げ出し、「これでいいの、あの女が悪なの」という妄言に導かれ道で出会った2人組の女を家に連れ込むがそちらも失敗。ドニーは屋敷ごと炎に包まれてしまう。狂気にとらわれた殺人鬼とその狂気を生んだ屋敷が燃え落ちるというのは、ホラーとしても納得の展開といえるだろう。このようにしてこの衝撃的でおぞましい話は終わる。

このように残酷かつ精神の病みが極端な『恐怖の火あぶり』は、それだけで十分に素晴らしい作品ではある。しかし個人的に本作のことを忘れ難く思うのは、クラブから走り去る彼の悲しみをたたえた表情を忘れることができないからなのだ。自分のことを気にかけてくれる同僚に誘われ、おそらく初めて自分で買ったのであろう服を着てクラブへ出かけるも、結局ドニーはまともに人とかかわることができない。このとき彼は、自分がもはや普通に世間とかかわることができないのだという絶望を感じたのではないか。薄っすらと涙を浮かべているのは殴られた痛みのせいではなく、はっきり世間との断絶を突きつけられたからではないのか。ドニーはここで狂気ではなくいわば普遍的な孤独と悲しみを、一瞬だけ見せている。その点においても忘れがたい魅力を持っていると、僕には思えたのであった。 

恐怖の火あぶり [DVD]

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