リンゴ爆弾でさようなら

91年生まれ。新作を中心に映画の感想を書きます。旧作の感想はよほど面白かったか、気分が向いたら書きます。

『一命』を見た。

武士という生き物

滝口康彦の「異聞浪人記」を原作とした映画。1962年に小林正樹監督が『切腹』という題でこの小説を映画化していますが、三池崇史監督が再び映画化に挑みました。



江戸時代初頭、大名の御家取り潰しが相次ぎ仕事もなく生活が行き詰まる浪人が増えていた。そんな中「狂言切腹」なるものが流行っていた。それは裕福な大名の庭先で切腹をさせてほしいと、する気もないのに願い出ると屋敷側は面倒事になる前に金銭を渡して帰らせようとするというので、いわゆるゆすりである。
ある日、名門伊井家の屋敷にも切腹を願い出る男がやってきた。名は津雲半四郎(市川海老蔵)と言う。彼に対し家老、斎藤勘解由(役所広司)は数ヶ月前にもこの屋敷で切腹を願い出た千々岩求女(瑛太)の話をするのだが・・・というストーリー。



本作最大の変更点はおそらく、求女が何故伊井家の庭で切腹を図ったのか、そして何故半四郎も伊井家にやってきたのかが明かされる過程だろう。
オリジナルは半四郎の語りによりだんだんとその理由が明かされていく、言わばサスペンス形式だったのに対し本作は回想シーンで一気にそこが展開される。
そこで描かれるのは家族のドラマ。この情に訴えかける物語が今回の映画化のポイントの一つ。饅頭を分け合うだとか赤ちゃんが生まれなんやかんやだの貧しいながらも幸せな家庭を築いていく様子がしっかり描かれていくのです。家族だとか愛というような部分を強調しようとしたのでしょう。非常に人物に感情移入しやすくなっていました。



ここからネタバレあり。




結局求女は切腹をさせられるのですが、この切腹シーンがすさまじい。ここは本当に見ていて目をそむけたくなるくらい痛かった。おろおろする求女が鞘から刀を出すと竹光だった時の情けなさ、刺せない刀を何度も突きたてる悲惨さ。かなり長い時間嫌な思いをさせられますが、見事なシーンだと思います。瑛太は他にも地面に落ちた生卵をジュルジュルとすするシーンなど頑張っていましたね。三池映画っぽさは今回かなり抑えていますが瑛太周りには若干見受けられました。



その後美穂も求女の後を追い自殺する。社会的な状況故に生活するのもままならない者たちが最悪な最期を遂げてしまい。そういった人間たちの上で裕福な人間はあぐらをかき彼らを見下しながらうまいもん食っているという状況。これは現代社会に置き換えることも可能だろう。未曾有の不景気に就職氷河期、失業率の高さ、生活保護受給者の数・・・。この格差社会の部分に、今再びこの原作を映画化する理由を感じました。



そうして一人残された半四郎は「武士」というものの問いかけのために伊井家へとやってくる。それは「武士の体面」というものを守り誇る伊井家の者であるにもかかわらず、求女に対してした仕打ちの中に「武士の情け」なるものは何処にもなかったからだ。なるほど、たしかに狂言切腹など許されるものではない。それを処罰するのは当然だ。とはいえ、彼らは本当に「武士」なるものとして生きているのだろうか。そもそもその武士とは何なのか、それを暴きに半四郎はやってきたのだ。

この映画は「切腹」という行為に代表されるような武士道精神の美しさといったものはそもそも不条理でバカバカしいものだと、そう言っている映画なのだと僕は思う。半四郎は自らが捨てきれずにいた最後の武士の誇りも捨て、一人の人間として、父として伊井家に対し武士道なるものの欺瞞を突き付ける。
そこにはもはや私たちが理想に見る武士などという者などいない。半四郎は最後に武士の誇りを捨てと書いたが、もしかしたら半四郎はそんなものはそもそもありもしないのだと、作り上げた幻想だと知りあの行動をとったのではないか。武士の体面などはただの飾り。そのためその象徴を破壊しなければいけなかったのだ。もっとも誇りに傷をつける形で。



さて、今回の映画化のポイントである人間の情に訴えかけるような映画にしたという事については賛否があるところかもしれない。僕もあまり好ましいとは思えなかった。回想シーンで長々と家族の絆や愛を強調するのは悲劇的だし泣けたけど少し類型的な様に思ったし、最期の瞬間にその頃を思い出すというのも余計に思った。
僕はオリジナルの髷を投げ出し大笑いするのが好きなのでそれがないのはやはり残念。凄むのもこれはこれでいいけどね。とにかく武士道の欺瞞への皮肉、というよりはある家族の悲劇と言える物語になったのではないか。そういう物語が好きならオリジナルより楽しめるかもしれない。あと決闘シーンが一人一人でないこと。3人同時に相手をしてることでラストの立ち回りに説得力を与えようとしたのかもしれないが、あれは大変素晴らしい見せ場だったので残念。

ただし、良い変更もある。先程も触れた半四郎が最期まで持っていた武士の誇りも捨てたのだと分かる部分は「なるほど」と素直に感心した。最後の最後にこの場にいる人間全員の欺瞞を暴く。どうだ、こんな男一人にすら貴様らはまともに相手できぬだろう、という事か。
また、最後に「とはいえこっちにも事情があるんだ」という事を付け加えた点。これのせいで皮肉面が薄れてはいるが、これはこれで時代に合った変更かもしれないし、良かったとも思える部分だ。



というわけで、僕個人オリジナル越えはしなかったと思いましたが、十分満足できるレベルに達していると思いました。演技陣も大変いい仕事をしています。市川海老蔵歌舞伎演技ではあるものの目力の半端なさ、幽鬼のような存在感をしっかり出し、さらに往年のスターのようでもある。満島ひかりは不幸が似合うのでこの役が彼女に決まった時点で勝ちだ。役所広司は言うまでもない。あえて残念というなら剣客3人がイマイチ迫力不足だったという事であろうか。キャラとしても意地悪さを強調しすぎかもしれない。
赤と黒に塗られた伊井家屋敷は異質ながら印象的であり、飾られた牛の絵も印象的だ。また半四郎、求女らの家のガランとした寒々しさも良くできている。映像も美しく隅々まで意識のいきとどいた良質な時代劇でしだと思いました。

切腹 [Blu-ray]

切腹 [Blu-ray]